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『物価とは何か』企業の新陳代謝がすくないぶん、新陳代謝を商品の入れ替えの多さで補っている(同じものを多くコンバイン)

 著者は日本銀行出身で現在は大学の先生である。したがって、役人であった高橋洋一氏とは違い、物価を供給曲線と需要曲線の交わる点という「モノの値段」という捉え方だけでなく、「貨幣の価値」という捉え方が全面に出ている。

 ロシアとウクライナの戦争と第一オイルショックのインフレとを比較し、その原因が原油価格の高騰ではないとしていることは注目に値する。

 なぜなら、経済企画庁の役人であった新保生二氏が『現代日本経済の解明』(東洋経済新報社)で、1974年の日本の消費者物価指数の24.5%の上昇は、1971年から1973年のマネーサプライの急増にあるとしている点とまったく一致しているからだ。これは、ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンの主張である「原油価格が上がっても、貨幣量が増えないかぎり、物価は上がらない」という主張と同じだ。

 読み進めていくと、筆者の以下の3つの視点がユニークで参考になった。

視点1)不換紙幣という意味では同じであるビットコインの上昇が、信用により成立しているのではなく、人々を突き動かしているのは、物語の共有であるとしているナラティブ経済学の視点。

視点2)1980年代のバブル期とその崩壊期に、なぜ物価が動かなかったということを疑問とする視点。バブル絶頂期の1989年の物価上昇率は2.9%、1992年のバブル崩壊期には、2.5%の上昇率という極めて安定した物価だったという。確かに不思議だ。物価が動かない最も素朴な答えは、売り手である企業が価格を動かさないからだ。生産量、販売量、雇用者数などの変数は大きく動かすにも関わらずだ。日本企業の価格据え置き慣行は、インフレ率がゼロ近傍にあるときには、価格変更をせずとも失う利益は少ないということからだとしている。

視点3)キットカットのネスレ日本のWebサイトをみると、キットカットの定番は10種ほどある。それ以外に、期間限定、数量限定、地域限定の全部を合わせると50を超える商品があり、POSデータで数えると70に達する。しかし、欧米のネスレでは、これほどの種類はなく、せいぜい10種だという。
 この事実から、日本は長寿命企業が海外に比べて多く、企業の新陳代謝が活発ではないといわれるが、企業の新陳代謝がすくないぶん、新陳代謝を商品の入れ替えの多さで補っているという視点。

 本書は物価とは何かを素人向けに説明しているので、わかりやすく、読みやすい。特に最後の視点3)については、マーケティングとイノベーションが新結合できるカルチャーや仕組みが組織にないと成立しないことなので、マクロな傾向と言えるかどうかの検証は必要になるが、ユニークな仮説として頭に刻み込まれた。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。