『アサビーヤとメタバース』(イスラーム)
マーク・ザッカーバーグ氏のfacebookが社名を「Meta Platforms」に変更した理由が知りたくて、彼が必読書と推奨するイブン・ハルドゥーンの『歴史序説』を読んでみた。
ザッカーバーグ氏のご両親はユダヤ人なので、当然タナハ(モーセ5書など)やタルムードは読んでいるのは間違いない。しかし、なぜ彼が、イスラーム最大の学者と言われているイブン・ハルドゥーン『歴史序説』を必読書とするのかについて考えてみたい。
アラビア語に「アサビーヤ」という言葉があるが、これは「集団における連帯意識」または「部族主義」を意味する。
現在でもイスラームは部族(同祖意識を共通にする血縁でつながる人々)の単位で組織が構成されている。
例えば、サウジアラビアはサウード家、UAEはナヒヤーン家、ドバイのマクトゥーム家など部族の首長家が支配し、国家が形成されている。
それは、UAEの行政統治下にあるはずの地域にオマーンの主権地があるように、飛び地でも実感できると、住友商事で中東の駐在員を長く勤めた林幹雄詩が『中東を動かす帰属意識』(ミルトス)で詳しく解説している。
そして、アサビーヤ単位で、それぞれの慣習(スンナ)を持った組織が縦割りになることを厳しく批判したのが預言者ムハンマドだ。
ムハンマドは、イスラム教という共通の規範(宗教面と政治面もしくは社会面が渾然と一体をなした思考のプラットホーム)で各部族を横串刺しにし、イスラームという共同体(ウンマ)を形成した。彼の死後、預言者(立法者、つまりムハンマド)の代理人としてカリフというリーダーのもと、ウンマは運営され、正統カリフ時代はアリーまで4代続き、そこでスンナ派とシーア派に分離。その後スンナ派は、預言者の代理人であったカリフはアッラー(神)の代理人に変質し、宗教と政治が分離され、ウマイヤ朝、アッバース朝と支配地域が拡大していった。
(シーア派はカリフ制でなく、アリーの血を引いた宗教指導者のイマームが12代続く)
そしてそのカリフ制が機能しなくなり、崩壊した後、アサビーヤ単位で国家が形成されているのが現在のサウジアラビア、UAEなどの現代の国家だ。
話をザッカバーグ氏に戻す。
彼はfacebook社の使命を、「人々にコミュニティを作る力を与え、世界をより緊密にする」とし、国家という縦割りの組織をSNSというプラットホームで横串刺しにしている。
これは「コミュニティー」を「ウンマ」と読み替えれば、前述のムハンマドの発想と似ている。
しかし、各部族を束ねるウンマにカリフが必要だったように、各コミュニティーを束ねるSNSにもリーダーが必要だ。
そのリーダーがマーク・ザッカーバーグ氏ということになるが、彼は現在、「利用者の安全や幸せより利益を優先している」と社員からの内部告発で批判にさらされている。
イブン・ハルドゥーンは「歴史序説」の第1部 第3章に「王朝はなぜ崩壊するか」を設け、王権の2つの基盤である「武力と連帯意識」「財政資金」の崩壊のプロセスを丁寧に解説している。
まずは、身内から連帯意識が崩壊し、それが他の連帯集団に感じられると、支配者やその仲間に礼を尽くさなくなる、など詳しく連帯意識の崩壊プロセスが解説されている。
王権の基盤のひとつである「武力と連帯意識」と並行し、もうひとつの「財政資金」の崩壊のプロセスも丁寧に崩壊プロセスが解説されている。
facebook社という王朝に連帯意識を抱いて集まった社員は、マーク・ザッカーバーグ氏が言う国境を超えたコミュニティーがもたらす成果、つまり「繁栄と自由の拡大、平和と相互理解の促進、貧困からの救出、科学の推進のような国際的なものや、最大の課題であるテロの撲滅や気候変動との闘い、感染症の世界的流行の予防など、国際的な対応が必要なものに国境を超えたコミュニティーは有効」ということに生きがいを感じていたにも関わらず、実際には「利用者の安全や幸せより利益を優先している」ことに嫌気が指しているのだろう。
そしてそれが社員という身内からの内部告発につながってしまった...これは広告主の心象を悪くする。
となると、イブン・ハルドゥーンの「歴史序説」を必読書としているマーク・ザッカバーグ氏は、もうひとつの「財政資金」が崩壊しないようにするために、リスクをとる必要性が出てくる。
それがメタバースという新ビジネスということではないか。メタバースの主な用途が課金型のサービス(オンラインゲームなど)だとすると、収益源を、内部告発などが大きく影響する広告だけに依存するのではなく、可処分時間の獲得に比例する使用料などに分散することによって、業態的にも大きな経営リスクであるRuputationリスクを減らすことができる。そして、新ビジネスの見込み客の個人情報は、すでに老弱男女で獲得済みで、メタバースのマーケティングリスクは低い。しかし、成功するかどうかはわからない。
Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。