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私が発信活動をやり続けたい理由。

YouTubeを始めて3週間ほど経ちました。
こんなことを言うのは変な話ですが、思っていたよりも楽しいです。

せっかく仕事を辞めたのだからと創作したい欲が溢れてはいますが、「無理にやらない」という激ゆる目標を掲げ、空いた時間にちまちまやれています。このnoteもそうですが、マイペースに続けられる感じが自分に合っているのだと思います。

そして最近YouTubeだったりnoteだったりをやっている時に「自分は結局、何を発信したいんだろう」ということを考えるのです。
音声配信を3年ほどやり、その中では雑談配信をやったり、ラジオをやったり、自分で作った声劇の公演をやったりしました。そしてこのnoteもなんだかんだと2年近くやっております。

私という人間は何をしたくて発信を続けているのだろうかと改めて考えてみたのです。

遡ること小学生の頃。
体の小さかったチビいのは、25歳くらいでV6の岡田くんと結婚すると信じて疑いませんでした。その後も、ずっと世界を守るセーラー戦士として悪と戦いながら充実した毎日を過ごしていると思っていたのです。

いつの頃からか、自分がどう生きていったらいいのかわからなくなって、何がしたいのか何が好きなのかもわからなくなりました。もっとやらなきゃと焦ってはうまくいかないということが増えていったような気がします。無邪気に「しいたけになりたい!」と言っていた子供の頃が懐かしいです。

きっと「私には無理」とか「叶うはずない」とかどこかで知ってしまったからなのかもしれません。やることなすこと無意味な気がして、それで余計にやりたいことがわからなくなっていったのかも。社会に出て現実を突きつけられ、「自分には何もできない」という思いが強くなり、なんだかいつももがもがと溺れてしまいそうでした。

うら若き頃の私は肺をやらかしてまして、入退院を繰り返していました。体が蝕まれていくようで恐ろしくて泣きながら薬を飲み、副作用が辛くて動くことができずに天井を眺めてばかりいました。そのストレスで突発性難聴になったり、毎日鼻血が止まらなかったりと今思い返してもあの頃には戻りたくないなぁ、と思うことばかりです。

そしてその後は仕事に忙殺されメンタルをやってしまい、半年間休職をすることに。
体が辛かった時期もしんどかったのですが、メンタルのしんどさときたら…自分は必要のない人間だと毎日責めていました。この時期にももう二度と戻りたくないなぁパート2です。

復職したあとは、人間関係のゴタゴタを整理する期間に入りました。これはこれで身も心もボロボロだぜ!となったのですが、私にとっては大きな一歩だったかもしれません。人間関係を整理し始めたこのあたりから、だんだんと生きやすくなっていったような気がします。

ところがどっこい、この後私は地獄のような婚活期間に入ります。
いかんせん結婚ができない。いや、そもそも結婚以前に彼氏ができない。私は変なのかもしれないと苦悩し、女性としてのタイムリミットが近づいて焦り、自分の女としての価値がないような気持ちになったりとこの時期も非常に辛かったです。

30代は「生きづらすぎだろ!」と地団駄を踏んでいた期間が長かったような気がします。
でもなんとかそれらをくぐり抜けて「今」があり、40代に向けて生きているわけですが、じゃあ何故別にやらなくてもいいし望まれてもいない発信活動をしているのかと考えてみたのです。

きっと「繋がり」を求めているのかもしれません。

それは友達がほしいとかそういうものではなく、慰め合いたいとか極度に馴れ合いたいわけでも依存しあいたいわけでもない。でもほんのり共鳴したり共感しあいたいのです。雨がぴちょんと葉っぱに落ちるように。過去の自分みたいにしんどい時期を生きている人のちょっとした暇つぶしというか隙間になりたいのだと思います。
一人で立ち上がるのはしんどいけど、でもやっぱり最後に「よいせ!」と立ち上がらなければいけないのは自分自身だから。眠れない夜を越えようとしてる人のほんのちょっとの隙間になりたいのです。

体のこと、メンタルのこと、休職のこと、婚活のこと、結婚のこと、キャリアのこと、お金のこと。

女性にとって大切にしたいことを、自分の経験と言葉で紡いでいきたい。
そしてそれが誰かの一つの選択肢になれたら。

そんな繋がりを誰かと作れたらいいなと思いながら、今日もnoteを更新し、ちまちまと動画を作る私なのでございました。

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