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7人目の作家

「A DAY IN THE LIFE」の本について、マガジンを設定しました。もちろんすべて無料です。
いろいろ進行状況など、本が出来上がるまで少しずつ情報を公開していきたいと思います。ご興味あれば、お付き合いいただけると、とてもうれしいです。

さて、先日の本の告知では「あとひとりの作家が未定」という状態だったのですが、無事、7人目が決定いたしましたのでご紹介します。

■トロイ・チン(シンガポール)
Troy Chin(Singapore)

トロイさんとは、6年前くらいにシンガポールのBooks Actuallyという独立書店(シンガポールでは当時唯一だった気がします。猫もたくさんいて、今も多くの地元の人たちに愛されているすばらしい本屋、…だったのに、つい先日実店舗をたたんだそうです。コロナ怖い!)を訪れた際に、その書店が持つ出版レーベル、Math Paper Pressから刊行されていた'The Resident Tourist'という作品で初めて知りました。
(Books Actuallyはオンラインのみで営業は続けています。)

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トロイさんはシンガポールでは本当に数少ない漫画家で、この'The Resident Tourist'はリトルプレスながら現在たぶん9巻まで刊行されていて、今でも連載中、と、たぶんシンガポール国内のコミック市場(ほとんど「無」ってくらいものすごく小さい)で、ローカルなものでは初めての成功といえるシリーズなんじゃないでしょうか。(実際トロイさんは漫画家としてはシンガポール国内ではとても有名です。)

この本を読んで、当時ぼくは結構驚いたことを覚えてます。

この作品は平たく言うとトロイさんの半自伝的エッセイなのですが、設定が変わっていて面白かったんです。
シンガポール生まれの主人公(トロイさん)が、ずっと好きだった音楽業界の仕事に夢を持って、アメリカのニューヨークに渡って10年近く仕事に打ち込み(誰もが知る大手レコード会社でたくさんの部下を持つマネージャーにまでなったそうです。優秀!)、のちに、突然その仕事を辞めて、故郷のシンガポールに帰ってきた、というところからこの本のストーリーは始まります。

「ふつう逆じゃないか?」と思うんですよね。
だって、大きな夢を持ってアメリカに渡って、そこでいろんなことを経験して、悪戦苦闘して、成果を出して出世して、ってその記録のほうが漫画にしやすいし、シンプルに面白そうじゃないですか。本国でも読んでもらえそうだし。

でもこの漫画はそうじゃなくて、夢破れて(?)帰ってきてから、なんですよね。
ゆえに、主人公(トロイさん)は仕事も特に就いておらず、ぼーっと毎日を過ごしていて、心ここに在らずって雰囲気が全体に漂っています。そしてなぜか生業にしていた音楽ではなく、まったく習ったこともない漫画を描いてる。ひとことでいうとちょっと、というかかなり「ダメっぽい」感じではじまるんです。

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画像引用:
https://www.bandwagon.asia/articles/troy-chin-drearyweary-comics-singapore

そういうところが、とてもいいんですよね。その宙ぶらりんな感じは外国人のぼくでもよく分かるし、落ち着いて読めるな、と感じたのを覚えています。
あとは個人的なことですが、おそらく歳が近いんじゃないかと思うのですが、そんな同世代の雰囲気も作品からは感じることができました。
※一応このアメリカの音楽業界にいた時のことはのちに'The Bricks in the Wall'という作品に盛り込まれたそうです。

タイトルの'Resident Tourist'とは「居住旅行者」。
シンガポールは彼の生まれ育ったところで、まさに今10年ぶりくらいにその故郷に居住しているのに、どこか外国人のような視点で物事を見てしまう。また周囲からもそのように見られてしまう。
これは「異邦人の目でみる」原風景を描いた作品ともいえます。

また、シンガポールという歴史の浅い、ほとんど一つの街くらいの大きさしかない国だからこそ、ほかの国とはまた全然違うそのローカル性、というか、そこに生まれ育った人でないとわからない感覚がたくさんあるんだろうと想像します。
多様な人種・宗教によって分かれた地区で暮らし、街に出ること、ホーカーでの食事、学校、職場環境、そして兵役など。
もちろんぼくにはその感覚は到底わかりませんが、でも、そういう「ローカルな生活感覚」がかなり強くこの作品の根底にあることは読んでいて伝わります。あまり、というかまったくグローバル・マーケットを感じさせないんですよね。
自分が全然知らなかったシンガポールを見せてくれる、という部分でとても興味深く、印象に残っていました。

と、偉そうに言ってますが、実はぼくもまだ途中までしか読んでいなくて(手に入りにくいのと、やっぱり英語なので…)、機会があればまとめて読みたいと思っています。

ほとんど'The Resident Tourist'の紹介になってしまいましたが、こんな風に、ホームタウンという本来とても親密な対象物からもすこし遠かったり、急に近くなったり、時にピントがズレていたり、鋭かったり、といろんな角度で長年に渡ってシンガポールの街を描いてきているトロイさんであれば、今回の「特異な状況にある街での生活」を描くことには最適なんじゃないかな、と思ってお誘いしました。

本を作ることとそのテーマを伝えたところ、ありがたいことに参加してもらえることになりました。
彼もまたおそらく、というか間違いなく日本語で作品が世に出るのは初めてのことだと思います。
ぜひ、楽しみにしていてください。ぼくもとても楽しみです。

トロイさんについては、下記のインタビューが詳しくわかるかな、と思います。(※英語)

Troy Chin (トロイ・チン)
リアリズム・フィクションとノンフィクションを専門とするマルチジャンルの漫画家・ライター・グラフィックアーティスト。シンガポール出身。
2011年より続いている自伝的コミック『The Resident Tourist』シリーズで最も知られる。
https://www.drearyweary.com/

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