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有機JAS認定産米を窒素安定同位体比と食味品質で判定する

北陸4県の有機JAS認定産米およびその近隣慣行栽培産米(計75試料)の窒素安定同位体比(δ15N値)と食味品質を比較。その結果をもとに、δ15N値が有機JAS認定産米の判定に有効であることを紹介します。ただし、判定には地域差を考慮する必要があります。


求められる有機米の客観性の高い評価法

食料の安全性の確保および品質に関する消費者の関心、生産者や消費者の有機農産物への関心が高まっています。有機JAS認証制度においても、現行の検査員による聞き取り調査だけではなく、客観性の高い判定に基づく評価法が望まれます。
植物体のδ15N値は、植物が吸収同化する窒素のδ15N値と植物体での窒素の代謝、転流を通して同位体比が変わる「同位体分別」によって決まります(米山 1987)。したがって、同一作物を比較する場合は、作物が吸収同化する窒素のδ15N値の違いが主に影響すると考えられます。

有機農産物は「安全性」だけでなく「高品質、良食味」への期待も大きい。良食味米はデンプンのうちのアミロースの含有率とタンパク質含有率が低く、この2つは米の食味を左右する主要な成分であることが明らかにされています(根津 1998)。

そこで、コシヒカリを対象に有機JAS認定産米とその近隣慣行栽培産米のδ15N値および食味品質を比較し、精米の有機農産物評価の可能性を検討しました。

試料の収集および調整

北陸4県のコシヒカリを栽培している有機JAS認定圃場(51圃場)、有機転換中圃場(6圃場。化学肥料、化学合成農薬などの使用禁止資材は使用していませんが、使用しなくなってからの期間が有機JAS認定基準に満たない圃場)および近隣の慣行栽培圃場(18圃場。化学肥料、化学合成農薬を使用している圃場)を選定し、収穫時に圃場毎に5株ずつ採取してもらいました。
稲株は各栽培農家で乾燥後、当方にて、脱穀、籾すりをして玄米に調整し、玄米を重量の91(±0.5)%まで精白した精米を分析試料としました。
各圃場の栽培方法は、有機JAS認定および有機転換中圃場では有機JAS登録認定機関の栽培管理記録を、慣行栽培圃場では有機JAS登録認定機関の書式をもとに有機JAS登録認定農家が聞き取り調査した資料を参考にしました。

水稲栽培の概要

提供いただいた分析試料を県別にみると、福井県30.7%、石川県12.0%、富山県12.0%および新潟県45.3%でした。
すべての有機JAS認定または転換中圃場では、購入または自家製ボカシ、米糠、油粕などの有機質肥料を使用し、鶏糞または牛糞を使用している圃場が3件、鴨(合鴨)を利用した圃場が2件でした。
すべての慣行栽培圃場では、市販肥料を使用していました。この中で肥料名に「有機」とあるのを使用した圃場が7件(このうち1件は米糠を併用)、ボカシまたは鶏糞を併用している圃場が各1件。慣行栽培圃場の中で50.0%以上は何らかの有機物質を利用していました。

精米の食味品質と栽培法の比較

近赤外線分析法を用いて測定した窒素含量、タンパク質含量および食味値では、栽培法の違いに有意差(統計的に意味がある差)は認められませんでした。
有機転換中、有機JAS認定、慣行栽培産米の順に窒素含量(0.94%、0.86%、0.85%)とタンパク質含量(6.99%、6.27%、6.18%)が減少し、慣行栽培産米では他に比べ最高値が最も低く、しかも変動幅も小さく推移しました。

精米中のタンパク質(窒素)含量が高まると食味が低下することが知られています(松江ら 1996)。
精米中の窒素含量は、肥培管理や土壌条件の違いによって変化するため、人為的にコントロールしやすく、良食味米を生産するためにそれぞれの地域に適した肥培管理が進められているため、今回の調査で食味値に差が見られなかったと考えられます。

有機農産物といえば高品質との印象が強い。しかし、施用有機物に対する作物の窒素吸収反応には作物間差があり、すべての作物が有機物施用によって一様に成分品質が向上するとは限りません。したがって、精米中のタンパク質(窒素)含量の影響を受けやすい食味値で有機JAS認定産米を判別することは困難と考えられます。

精米のδ15N値と栽培法の比較

有機JAS認定産米(5.0‰)、有機転換中産米(3.5‰)、慣行栽培産米(2.8‰)の順にδ15N値が低くなり、有機JAS認定産米は慣行栽培産米に比べ有意に高い値を示しました。有機転換中産米のδ15N値は、有機JAS認定産米との間および慣行栽培産米との間に有意差が見られませんでした(図1、図中のa、bは有意差の有無を示す)。
δ15N値の結果から、有機転換中産米の窒素含量が最も高かったのは、慣行栽培時に施用していた化学肥料由来の窒素と転換後に施用している有機物由来の窒素がともにイネに利用されたためと推察されます。

北陸4県の調査結果ですが、有機JAS認定産米のδ15N値の平均値が5.0‰で最低値が2.9‰、慣行栽培産米の平均値が2.8‰であったことから、δ15N値が3‰以下の場合、有機JAS認定産米でない可能性があるため「詳細な検査対象にする」という使い方が考えられます

図1 施肥管理の異なる精米のδ15N値の階級別分布(N=75)(藤田ら 2003)

栽培地域が精米のδ15N値に与える影響

有機JAS認定圃場と慣行栽培圃場の中で、同一栽培者または栽培者は異なるが近接した圃場から得られた試料(有機JAS認定 vs. 慣行13組<福井5、富山2、新潟6>、有機転換中vs. 慣行3組<富山1、新潟2>)をもとに、栽培法と地域間の影響について検定した結果、有機JAS認定産米 vs. 慣行栽培産米では、δ15N値に地域間、栽培法間で有意差が見られましたが、有機転換中栽培産米vs. 慣行栽培産米ではδ15N値に有意差は認められませんでした。

有機JAS認定産米の判定には、慣行栽培産米のδ15N値を地域ごとにあらかじめ測定しておく必要があると考えられます。

※収穫・出荷前に有機JAS産米かどうかを判別するには、止め葉のδ15N値の分析が有効です。

※ここで用いている窒素安定同位体比(δ15N)の数字(15)は、本来は上付き文字です。

引用文献

藤田正雄・岩石真嗣・南都志男・松田易子・藤山静雄(2003)有機JAS認定産米のδ15N値と食味値による品質評価について, 日本土壌肥料学雑誌, 74: 805-808.
松江勇次・小田原孝治・比良松道一(1996)北部九州産米の食味に関する研究, 第7報 食味の産地間差とその要因, 日本作物学会紀事, 65, 245~252.
根津 脩(1998)多様な水稲栽培様式における水田土壌肥料研究の現状と方向, 6.食味と土壌、施肥管理, 日本土壌肥料学雑誌, 69, 88~92.
米山忠克(1987)土壌-植物系における炭素、窒素、酸素、水素、イオウの安定同位体自然存在比:変異、意味、利用, 日本土壌肥料学雑誌, 58, 252~268.


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