ジュゴンの村
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
松明に照らされた空間で、白装束の者達が唱えている。白装束を纏う者達の体格は小さく、それだけから判断するならば、その空間には子供しか存在しないように思えた。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
しかし、深夜に子供だけが集うことは考えにくく、ましてや風の強さや向きによっては惨事になるーーそんな儀式を子供だけで行っているとは思いがたかった。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
闇の中、松明の光に照らされた顔は、子供のそれでは無かった。その殆どが、何十年もの時を生きた歴史を皮膚に刻んでいた。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
集っている者達の正確な年齢は分からない。体の成長よりも先に、老化が進行する病気も稀ではあるが存在する。この地域においては、遺伝的にその病気が発症しやすいと言う可能性もある。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
ともあれ、令和になってから何年も経ったと言うのに、昭和の推理ドラマの様な光景を目の当たりにするとは思わなかった。信仰の対象は、地域によって変わる。それ故、この様な儀式が行われていても、何ら不思議はない。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
ことの発端は、探偵事務所に舞い込んだ依頼だった。「動画撮影の為、この地域に向かった息子の行方を調べて欲しい。警察に相談しても、事件性は低いと言われて帰された」と、かなりの額を提示されたのだ。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
放蕩息子が、秘境での動画撮影で一発当てようとしたのだろうーーそう考えながら、依頼人の話を聞いていた。依頼人が言うには、放蕩息子の向かった場所が場所だけに、他の探偵には断られ続けたのだと言う。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
そうして、他の依頼も抱えていなかった自分が依頼を受け、調査に必要な交通費を前払いして貰って今に至る。当然、放蕩息子が残していった、向かいたがった集落の位置情報もその時に得た。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
昭和から時が止まったかの集落で、放蕩息子は見当たらなかった。その放蕩息子の体格は良く、この集落に居たならば相当に目立つ筈なのだ。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
集落の人口は少ないだろうし、恐らくここに放蕩息子は居ないのだろう。もし、居るとすれば、この儀式の生け贄にでもなったのだろうか。あまりにも、ホラー小説染みている考えであるが。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
ともあれ、依頼人への日報はせねばなるまい。この儀式のことや、息子が見当たらなかったことも。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
住民が儀式に集中している間に、これまでに撮影した写真や得た情報を依頼人へ送信する。そうすることで、放蕩息子の親から「更なる報酬が支払われる契約」をしているからだ。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
依頼人が、この報告をどう受け止めるかは分からない。この報告のせいで、依頼が他の探偵事務所に向かうかも知れない。だが、撮影した写真に加工はしておらず、感情を交えぬ事実しか報告書には書いてはいない。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
正直なところ、それで依頼人が依頼を取りやめてくれたら良いと考えていた。この集落に居続けたら、自分の中で何かが壊れてしまいそうだ。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
白装束の者達が見ているのは、小さな祠だった。その祠の中には、妖精と見紛う程に美しい少女が正座をしている。
「日本への呪詛は全て首相が引き受けませ」
少女の白肌は松明の灯りで赤く染まり、元々赤かった瞳孔は燃える様な色になっている。そして、その少女の背中から透き通る翅が生えた様に見えた。
「そのシュ聞き届けたり」
そこで松明の灯りは消され、周囲は闇に飲まれた。それと同時に祝詞らしき言葉も途切れ、そこからの記憶の無いままに自分は事務所に戻っていた。
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