見出し画像

(4)松戸のソーシャルファーム日記 穏やかな職場

 鹿島立ち、という言葉がある。平たく言えば旅立ち、門出のことだ。この記事を読みながら、ふと私は思い出した。
 一説によれば日本神話には歴史的事実が含まれており、神々の住まう高天原(たかまがはら)は関東のどこかで、天孫降臨は鹿島から鹿児島への船旅を指すと推測されている。言われてみれば、まるでヨークとニューヨーク。

 日本経済新聞のネット版で、興味をひかれていくつか記事を読んだ。高炉は建設から50年以上が経ち、高品質な鉄鋼の大量生産に向くがCO2排出量が多い。高炉方式はコストも膨大で、そのまま設備更新するのは現実的でなく日本製鉄は今後、低コストな電気炉への転換と、CO2を減らせる水素製鉄の実用化を目指すという。まさに、新たな旅立ちだろう。

 この春、ADHDで氷河期世代の私は、日本製鉄の特例子会社NSハートフルサービス東日本の契約社員として。地元・松戸のわーくはぴねす農園で新たなスタートを切った。
 ここは障がい者の法定雇用率を肩代わりするビジネスモデルを編み出したエスプールプラスの企業向け貸し農園。企業はここで農園の一区画を借り、主に知的障がい者を雇って野菜づくりをさせることで障害者の雇用創出に貢献している。精神障がい者は3割ほどいるらしい。

穏やかな職場

 3月5日金曜日。三寒四温の言葉通り、寒さと暖かさが入れ替わりながらも少しずつ春の訪れが感じられる朝だった。晴れた日は外でラジオ体操。
 前の職場では事故防止の観点からラジオ体操をしていたが、少しでも作業時間を確保したいとの理由で取りやめになってしまった。ここはそんな性急さとは無縁に思える、穏やかな職場。時間はゆっくり流れてゆく。

 朝、同じ班の人から編み物の小さなハンカチをもらう。私の母も昔、編み物をしていた。初日に渡すのは気が引けたが、私が話しやすそうな人だからと気を許してくれたらしい。ちょっと嬉しい。

 何しろ前職での私の評価は、仕事のできない理解不能な気味悪い奴だったから。

芽吹く命

 今日は液肥をやる日。水まきのジョウロに、2種類の液肥を計量カップで測って混ぜ、水と一緒に与える。プチトマト(アイコ)とダンシャクイモは特に水を要するらしく、ひとつの根元に3秒ほど水をまいてから次に移る。

 朝礼では、今後に緊急事態宣言の解除で自宅待機日が減るかもとの連絡があった。2週間ほど延長されるようだが、それも3月中には終わる。いまは人もまばらな農園だが、平常のペースに戻ると農場長さんの負担も増すだろう。私も何らかの形でチカラになろうと思う。

 隣の班のレーンで、歓声があがっていた。見にいくと、初めて植えたユーマイサイ(油麦菜、中国レタス)が芽を出している。注意して見ないと分からない、小さな芽だ。今後の成長が楽しみ。

農家の人はどうやってる?

 その後は、本社に送る分のチンゲン菜を収穫。社員食堂ででも使うのだろうか。大きいのを選別して小分けにする。聞いた話では、洗うと日持ちが悪くなるらしいが、本社からは洗ってとの指示だったので洗い場へ運ぶ。選別は再度やり直し。

 ベテランの農場長さんが、まるで幼稚園の先生のようによく通る声で場を仕切ってくれる。私も毎日小さなうっかりが続くが、誰も責める人はいないおかげでストレスをためずに済み、日々助けられている。

 改めて朝礼で説明があったが、ハウス内では農場長さんが仕事の連絡で使う以外はスマホ禁止だ。でも紙のメモなら文句は言われない。20分作業したあとの休憩中に椅子で座って目を閉じリラックスしたり、水分補給したり、メモをとって日記のネタを書き留める。

 ADHDの私は想像が別次元に飛ぶことも多く、ストレスの少ない職場にいることで「逆の環境」にも意識が向く。前の物流センターも大変だったが、それ以上にストレスフルなのはゲーム開発の現場だろう。私も若い頃に一度目指して挫折した場所。

 日本のゲーム業界が「氷河期」と呼べるくらい厳しい状況にあるのを私は知っている。巨大化したゲーム産業にかかるお金は莫大だし、消費者の目はとても厳しい。さらにはプロの仕事が正当に評価されず、無課金でお金出さないくせに過剰品質を求める人がいる。これで未来はあるのだろうか。

 だからと言って、ガチャによる搾取を認めるつもりはないが。多産多死でレッドオーシャンなゲームアプリではなく、スクエニさんはいま一度基本に立ち返って低予算なテーブルゲームを手がけてはどうだろうか。ひどく偏った形で、RPGを世に広めた責任もある。

 脱線終わり。午後は収穫したチンゲン菜の洗いと仕分けと、スーパーで見かけるような感じの袋詰めをする。葉が折れやすいチンゲン菜は商品として扱うのに注意を要する。袋に入らない伸び方をしてる葉っぱは、どうしても折れてしまう。食べるときにはどうせバラすので、捨ててしまう葉っぱが少しもったいなく感じた。

 仕分けで小さい方のチンゲン菜は、今日のお持ち帰り分。次の日に小さい株を二つほど、ラーメンの具にして食べた。レンジでチン調理はお手軽だがいずれは炒め物も作ってみたい。

 それにしても、農家の人はどんな感じでチンゲン菜を扱ってるんだろう。今度スーパーで「お手本」を確認してみたくなった。

アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。