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【ベナンダンティ】10夜 ゆけ!ユッフィー

「エルルの本体が眠る船、フリングホルニに危機が迫っておる」
「なんですって!?」

ユッフィーがオグマと会っている。久しぶりの再会でハグを交わしているとオグマが胸元に顔をうずめて頬擦りした。苦笑いを浮かべて見守る銑十郎。
寛大な心で受け入れるユッフィー。

ラーメン街道を、八柱霊園より先の五香方面へ進むと。子和清水と呼ばれる「ざんねんな名所」がある。

母馬が 番して呑ます 清水かな

松戸市の「子和清水」に立つ、小林一茶の句碑

かつて酒の泉が湧くと語られた伝説の泉は、今ではコンクリートで固められ公園の水飲み場と見間違う姿に。しかも飲めないのだから、しょうもない。だけど夜になれば、一茶の句に詠まれた江戸時代当時の姿を取り戻す。

どこかのプレイヤーが「ヒュプノクラフト」したわけではなく、自然にそうなった。強いていえば「場の記憶」が喚起するイメージの産物なのか。

悪夢のゲームには、このような「名所」が各地にある。イーノも昼の間、散歩がてら道路に囲まれた三角州のような緑地を訪ねてみたが。エルルから聞いた話と、あまりのギャップに驚くばかり。

夜、夢歩きで改めて銑十郎と訪れてみれば。情報通り酒の泉で飲んだくれるオグマの姿があった。

「フリングホルニって?」
「北欧神話に伝わる、世界一大きな船ですの」

耳慣れない言葉に、銑十郎がたずねると。ユッフィーが軽く説明する。

「わしらの故郷アスガルティアは、ガーデナーの『剪定』で滅ぼされた」

大地震で崩れる大地。エルルが生まれ育った酒蔵も、なす術なく崩壊する。そして地の底より現れたのは、鯨よりも大きな魔狼。黒き大剣を携え、単身立ち向かうドヴェルグの賢者オグマ。

逃げ惑い、地割れに落ちかけたエルルを救ったのは虹の橋。それは空に浮かぶ巨大なバイキング船から伸びていた。まるでノアの方舟。

「新たな安住の地を求めて、アスガルティアの民はフリングホルニで眠りについておるのじゃよ」
「SFで言うと、乗員をコールドスリープさせた移民船ですわね」

あるとき、その船をヴェネローンの冒険者が発見。夢渡りの民マリカも協力して、眠ったまま住民の精神体と話すことができた。それから甲板上の大地には、ひとつの小さな街が築かれた。

「『ロックダウンの結界』のせいで、ガーデナーどもも一時は地球から締め出されたと聞くぞ。だからフリングホルニを攻め、ビフロストの端末を一部占拠して、地球へのゲートを確保した」
「彼らにとっても、想定外の出来事でしたの?」

ユッフィーが平然とオグマと話すのに、自分をただの人と認識する銑十郎があっけに取られている。

「話が大きくなってきたね」
「ヴェネローンは市民軍を組織し、アリサを将軍に据えてフリングホルニに進駐させた。とはいえ雪の街は、敵の手に落ちてしまったがな」
「エルル様は?」

フリングホルニの甲板下に広がる、広大な地下迷宮。そこは時間経過で道が組み変わり、侵入者を拒む。かつてのチカラと記憶を魔狼に奪われた今では設計者のオグマですら、把握しきれぬ領域があるという。

エルルたちが眠るのは、未解明の領域のどこか。

「ガーデナーは迷宮攻略より、ゲート掌握を優先しておる。エルルに今すぐ危害が及ぶことはないじゃろうが、奴らはいずれ船全体を制圧にかかる」
「…なぜ、追放されたわたくしにこの話を?」

中の人がイーノだと知っても、オグマはユッフィーが忘れられなかったのだろうか。銑十郎のハートもつかむ、ネカ魔女ユッフィー。

「わしは自由には動けぬ。おぬしなら、なんとかしてくれるかもと思った」
「分かりましたの。エルル様は大切な人で、オグマ様はお師匠様。そして、地球人が自由な夢渡りを取り戻す日のために…戦いますわ」

長子は頼られると、やる気を出す。覚悟を決めたユッフィーが再びオグマをハグした後、今度は銑十郎の手を握った。

「どうにか、他のプレイヤーに呼びかけてみましょう」

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