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【ベナンダンティ】9夜 再会

深夜の八柱霊園を歩く男女がいる。正門前の庭園のあたりだ。閉門時間は、もうとっくに過ぎている。二人そろって出口に向かい、そのまま幽霊のように門をすり抜けた。夢の中で、夜の怪物と戦うハンターだ。

「ミカちゃんがぐっすり眠れるようになって、何よりですの」
「でも、何か手を打たないと再発するかも」

男性は、ガスマスク姿でピンク髪の小太りなおっさん。ミリタリー系の装備で身を固めライフルを担いだ、狙撃手兼衛生兵といったところか。

女の子は、だいぶ小柄なファンタジー系の戦士風。褐色肌に合う黒の軽装鎧を着込み、ひと昔前のローポリみたいに角張った斧を担いでいる。背丈の割に豊かな胸元に小さく明かりを灯すのは、炎を象った精巧な首飾り。

「銑十郎さまが援護射撃してくれて、助かりましたの」
「すごい固かったね、あの人型モンスター」

霊園前の並木道を歩きながら、親しげに談笑する二人。コンビなのだろう。二人は危険な「夜の怪物」と戦い、撃退した後だった。バーサーカーとでも形容するに相応しい難敵だった。接近戦では勝ち目が無いほどの。

「助けて!ユッフィー王女」
「大丈夫ですの!」

女の子は、あのイーノが操るアバター「ユッフィー」だった。相棒と夜の街を歩きながら、ギリギリの戦いを振り返る。追う者と追われる者。

都内で接近戦をすると、緑の魔女から無差別攻撃が飛んでくる。ユッフィーはその性質を利用し、凶暴化して理性を失った敵を「魔女の縄張り」に誘い込んで攻撃させた。弱者が強敵に対抗する、したたかな知恵。

「さっき全体チャットで流れてた『緑の魔女』の攻略法が、こんな形で役立つなんてね」
「悪夢のゲームだと、都立八柱霊園は東京都の飛び地扱いみたいですの」

日本では、自粛警察の嵐が吹き荒れていた頃。夢の中で暴れる怪物は現実で大いに注目を集めたり、批判の対象になった人物に酷似していた。必ずしも有名人ばかりがターゲットになるとは限らない。

夜の怪物たちは、特に負の感情を抱え込んだ人を襲った。
許せない。なんでお前だけ。人の気持ちも知らないで。

現実でのトラブルが、夢の中に飛び火する。ミカと呼ばれた女性アバターもまた、騒ぎに巻き込まれたひとり。リアルで会ってないので、本当の性別は分からない。特段気にすることもない。アバターでの交流は、そんなもの。

「銑十郎さま、今夜の狩りはここまでにして。素材集めを兼ねた散歩デートにしましょうか」
「いいね、ユッフィーちゃん」

助けてくれた相棒に「お礼」するのも、しっかり忘れない。おっさんの心を知り、おっさんを元気付けるのもまた、女性アバターを操るおっさん。長くオンラインゲームで色々なキャラを演じて、自然に身についた優しさ。

重ねて言っておくが、イーノに女装趣味はない。ユッフィーの姿でないと、オグマから習った技は使えないし、仲間へのサービスにも欠かせない。

(「間違った男らしさ」に囚われなかったのは、私の人生の幸いでしたね)

中身がおっさんだからと気色悪がるプレイヤーは、そもそもRPGを理解してない。他者の人生を楽しむことが、ロールプレイの面白さ。レベルだの経験値だのは、ただの数字の羅列に過ぎないし、悪夢のゲームにもない。

ラーメン店がいくつも並ぶ通りを、松戸駅方面へ歩いていくと。ふたりは、左手に奇妙な看板を見つける。昼間はスーパー銭湯になってるのだけど。

「ゆっフィーの里、って…!?」
「わたくしじゃ、ありませんわよ?」

夢の中では拡張現実の要領で、現実の風景にさまざまな「オブジェクト」を設置できる。誰が呼んだか「ヒュプノクラフト」。まるで、ブロック遊びのサンドボックスゲームみたいに。もちろん、装備やアイテムも作れる。

空き地に勝手に家を建てたり、飲食店の廃墟を「改造」してお店を出したり看板の文字を遊び半分で書き換えたり。夜の松戸市は、もうマッドシティ。

ユッフィーと銑十郎が、ヒュプノクラフトでログハウス風に飾り付けされたスーパー銭湯の扉をすり抜ける。幽霊も同然なので防犯装置も作動しない。

「エルルちゃ〜ん!」

入口の階段を上り、2階のロビーに設けられた仮設ステージ。ハンターたちの歓声。聞き覚えのある名前。

「エルル様?」

元気に歌っているのは「4人のエルル」。顔も髪型も同じだが、衣装はそれぞれ微妙に違う。ヴェネローンで知り合った、あのエルルなのだろうか?

「同じ顔って、RPGのNPCじゃあるまいし」

銑十郎が首をかしげた。悪夢のゲームでは、どのアバターにも「中の人」がいる。同じ顔の人型キャラクターは、非常に珍しい。

「ユッフィーさぁん!」

ユッフィーと銑十郎の姿を見つけたのか、ステージ上とは別のエルルたちが周囲を取り囲む。あたりを見回すと、銭湯の受付に立つエルル、お食事処の厨房で料理を作るエルル、マッサージチェアで肩こりをほぐすエルル…。

なんともシュールな、エルルの群れ。

「みんなの量産型ヒロイン、エルルちゃんでしたぁ!」

歌い終えたエルルに、ハンターたちが盛大な拍手を送る。席から立って拍手している者もいる。スタンディングオベーション。

「ユッフィーさぁんのぉ、お友達ですかぁ?」
「どうも、ゲーム仲間の銑十郎です」

銑十郎の隣では、エルルちゃんズが感極まった様子で。ユッフィーを前から横から後ろからハグしている。ハンターたちの視線もそちらに集まる。

「ユッフィーさぁん、会いたかったですよぉ!」
「わたしぃもぉ、地球に来ちゃいましたぁ」

もちろん、イーノも会いたかった。頭の中でエルルとの思い出がひとりでに浮かんできて、彼女の声が聞こえてくるほどに。けれどこの状況は明らかに異常だ。危険はないのだろうけど。

「エルル様、これはいったい?」
「気がついたらぁ、こうなってましたぁ」
「それでぇ、あちこちで情報を集めてきましたぁ!」

まるで、RPGの街や村にいる同じ顔のNPCみたいな立場を利用して。エルルたちはあちこちで人の話を聞いたり、道ゆく人を観察していたようだ。

「つい最近、松戸南部市場の近くでアリサ様を見ましたよぉ」
「夜になるとぉ、おっきな駐車場に闇市が現れるんですぅ」

「松戸運動公園の野球場はぁ、夜になると闘技場に変わりますぅ!」
「クワンダ様がぁ、お忍びで偵察に来てましたよぉ」

「オグマ様もぉ、アリサ様の目を盗んで『子和清水』に来てますねぇ」
「なんとぉ、夜になったらお酒の泉がぁ!!」

どこにでもいる、エルルちゃんズ。彼女らの情報網はあなどれない。生来の明るさも手伝って、プレイヤーたちの好感度も高いようだ。

バルハリアで「勇者の落日」を目撃し、地球人による「勇者候補生」構想を描くも認められず、氷の都ヴェネローンを追放されてから数年。

これはいよいよ、本格的に「地球編」始まったか?

アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。