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【ベナンダンティ】4夜 はるか彼方の星で

「お疲れさまですぅ!」

冒険者の酒場。ひとことで言えば、そんな風情のパブで。ディアンドル娘が明るい声を響かせる。ここは地域の社交場で、誰でも気軽に立ち寄れる。

声をかけられて、テーブルでくつろぐ三人の冒険者が振り返る。男一人に、女性二人のパーティだ。両手に花な雰囲気ではないが。

「エルル先輩!」

よほど難儀な仕事のあとだったのか、疲労の色が見える三人を明るい笑顔が癒す。そして、三人のうち一番若そうな銀髪の娘が笑顔を返した。

「ミキちゃん!」

先輩と後輩がハグを交わす。途方もなくヘビーな事情があるのを承知の上で何も言わず、いつものように迎え入れる。それが同じような困難を経験したエルルの優しさ。

金髪のディアンドル娘エルルは、見慣れぬ黒髪の男性を連れていた。

「日本人か…?」

三人のリーダーと思しき、浅黒い肌の精悍な男性がよそ者に目を向ける。

「そうじゃろうな」

ウサギの耳をピンと立てて、寒い土地に不釣り合いなほど軽装の女サムライが値踏みするような視線を向けてきて。

「この人がぁ、『勇者の落日』の目撃者イーノさぁんですぅ」
「目撃者、だと…?」

エルルの言葉に、三人の視線が集まる。見るからに歴戦の冒険者な三人が、ひとりの平凡なおっさんに注目する。その割には、平然としているが。

「ご紹介にあずかりました、イーノです。まずは謝罪をさせてください」

そう言って、黒髪のおっさんが深く頭を下げる。だが理由が分からない。

「戦いの一部始終を見ておきながら、何のチカラにもなれませんでした」
「あの場に、目撃者などいるはずが」

あまりに非常識。リーダー格の男が顔をしかめると。

「夢渡りですよぉ、クワンダ様ぁ。わたしぃだってぇ、フリングホルニから夢渡りで巫女の修行に来てぇ、『器』をお借りしてますぅ」

エルルが事情を説明すると。

「精神体なら、確かに呪いの影響を受けず巫女の同伴も不要だろうが…」
「夢渡りでローゼンブルク遺跡へ入るとは…おぬし一体、どういう感性を」

ますます怪訝な顔をして、古風なウサギ剣士がおっさんをにらむ。

「そういえば、そっちに行くなって声が聞こえたような」

目の前に広がる景色に夢中で、急に止まりようもなかったけれど。イーノと名乗ったおっさんが懸命に思い出そうとしている。

「夢渡りは心の癒し。ゆえに基本的には、楽しい場所へ飛ぶものじゃ」
「お前が冒険気分であの場にいたなら、それは見世物だったことになるな」

空気が気まずくなる。イーノも、何も言えずにいると。

「ですから、謝ってくださったんですね」

銀髪の娘ミキが、落ち着いた様子でかばってくれた。一番つらい思いをしたのが彼女なのは、イーノも直に目撃している。

「ありがとうございます、ミキさん」
「どういたしまして」
「ミキちゃん、ナイスフォローぉ!」

三人のやりとりを目にして。女サムライがあごに手をやった。

「夢渡りは、無意識に起こるもの。それを責めても仕方あるまい」
「俺たちが見落としていた情報を知ってるとなれば…証人喚問は必須だな」

さすがはベテランか。クワンダと呼ばれた男も、切り替えが早い。

「俺はクワンダだ。ヴェネローンで冒険者のまとめ役をしている」
「姪っ子のミキです」
「わらわはトヨアシハラのウサビト、アリサじゃ」
「エルルちゃんはぁ、農家の子ぉ!」

気分を新たに、一同はしばし雑談に興じた。乾杯ではなく、犠牲者への献杯だったが。

「私も、冒険者になりたいです。どうすれば?」

イーノが、一同に真摯なまなざしを向ける。遊び半分でないと示すように。

「地球人にも、冒険者に適した者がいます。彼らに『器』を貸し出せば」

思わず、手に汗を握るイーノ。借り物の身体なのに、なんと精巧な。

「やれるなら、とうにやっている。『器』を奴らに奪われた場合の危険度。遺跡に潜む、より上位の権限を持つ何者かに乗っ取られる可能性…」
「熟練の冒険者パーティが壊滅するほどの、危険な遺跡。元より生身で踏み込みたくは無いのじゃがな」

クワンダとアリサが、顔を見合わせて表情を渋くした。

「まずは他人より、足元の心配をするのじゃな」

アリサが耳をぴくりとさせて、イーノに諭した。

「奴らは、地球にも来ておる」
「あの道化が!?」

あんな強力なヴィランが地球にいたら、一体どうなるか。それこそアメコミのヒーローチームの世界じゃないかと、イーノが驚きに目を見開くと。

「侵略などせんよ。何もせずとも、人間社会の歪みが『悪夢』を実らせる。奴らはただ、それを収穫するだけ。『兵器』に加工するためにな」

エイリアンはすでに、地球に来ている。侵略の意図はないが、地球の資源で生産した兵器が別世界への侵攻やテロ行為に使われている。そうだと知ってあなたは、それを黙って見過ごせるか?

「地球は奴らの生産拠点…いや、すでに植民地だと?」
「それゆえ、バルハリア人は地球を『汚れた地』と呼ぶ」

そう語るアリサの表情は、苦々しかった。

「アリサ様の故郷トヨアシハラはぁ、むかし日本から異世界に移り住んだ人たちがつくった国なんですぅ」

『奴ら』の存在に気付かぬ地球人は、愚かだと。そこから生じた差別感情。アリサからすれば、先祖を侮辱されているに等しい。

「わらわたちに加勢するより、地球で人間社会の理不尽と戦う方がよほど…ヒーローじゃぞ?」
「勇者は血筋では決まらん。覚えておくといい」

このとき、クワンダは彼なりの心遣いをしてくれていた。それは自分自身の体験から出た本音だったろう。しかし果たして、イーノの耳に届いたか。

(ガーン。異世界で勇者になる夢、完全否定…!)

しょせんは現実逃避なのか。異世界に来て、リアルを思い知らされた。

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