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商人のDQ3【33】口笛の勇者様

 ベスビオ火山に迫る、噴火の危機。その鍵となるガイアのつるぎは、魔王軍の地獄の騎士サイモンの手で火口に投げ込まれてしまいました。

「しまった…!」

 生前の高潔な彼なら、絶対にあり得ない選択です。火山が噴火すれば、どれだけの犠牲が出るか。サイモンをよく知るカンダタだからこそ、今はもういない友の記憶に囚われてしまったのでしょうか。

「ここにいるのは、かつて勇者と呼ばれた男の抜け殻。新たな勇者の成長を見届け、その手で引導を渡されたいと望む亡霊なのだよ…!」

 私が甘かったのか。アリアハン以外の国家勇者はみな、植民地政策による搾取と略奪を正当化するための「作られた英雄」だった。そうと知ってなお愚直に人助けの旅を続けた私が、サマンオサとなる前の黄金の王国インコで奇跡的に出会った…ただひとりの同志。それがサイモンでした。

 時間の流れが、ひどくスローモーションに感じられます。コマ送りのようにゆっくりと、火口へ落ちてゆくガイアのつるぎ。あれが溶岩に沈むとき、ロマリアの命運は尽きる。

 そのときでした。

 バギュンバギューン!!

 雷鳴のような銃声が2発、あたりに響いたかと思えば。なんと、火口の底からガイアのつるぎが投げ返されてくるではありませんか。それはまるで、捨てようとしても持ち主の元に帰ってくる魔剣のごとく。

「…バカな!一体どうやって!?」
「剣は渡さん…!」

 理解し難い出来事に、サイモンの反応が一瞬遅れるのを怪傑カンダタは見逃しませんでした。猛ダッシュでお宝ゲットとばかり、先んじて飛んできたガイアのつるぎをキャッチします。友の形見がいま、彼の手に。

「カンダタ!間に合ってよかったわ」
「その声は、あみだくじの塔で会ったマリカ君だね」

 声のする方へ振り返った怪傑カンダタが、一瞬驚いた様子を見せました。そこにいたのは…

「あなたが、正義の怪傑カンダタさんですね?」

 ロングバレルのリボルバー「バントライン・スペシャル」を手にし、銃口から硝煙をくゆらせるアッシュ少年でした。マリカの操る魔法のほうきに同乗して、宙に浮きながら早撃ちを決めたようです。

 これが、ふたりの初対面。過去に怪傑カンダタが登場した場面ではいずれも、アッシュ少年はその場にいませんでした。あみだくじの塔でもカンダタの待つ頂上まで到達したのは、マリカとソルフィンのみ。

「ハッハッハッ!見事な腕前だな、少年よ!!」

 誰が見ても明らかに、怪傑カンダタはアッシュ少年を見て一瞬動揺していました。それから何事もなかったかのように、またいつもの「彼」を演じ始めたのです。

「なるほど、きみがオルテガの息子か。いい目をしている」

 勝つために手段を選ばない地獄の騎士サイモンが、まるでいっとき生前の人間性を取り戻したように。アッシュ少年の姿と力量を認めて、称賛の声を上げました。

「若き勇者よ、私は魔王軍の地獄の騎士サイモン。名を聞こうか」
「アッシュです。旅のウワサで、サイモンさんのことは聞いています」

 若き勇者と、かつての勇者。ふたりの因縁は、アリアハンの港がサイモンに襲われたときからつながっていました。

「シバルタをあんな風に使うなんてね。あたしでも思いつかなかった」
「いえ、マリカさんのおかげです」

 アッシュ少年が、後ろから抱きかかえる形になっているマリカに視線を向けて感謝の言葉を口にします。魔法のほうきに二人乗りしている以上、必然的に至近距離から見つめる形になりますね。
 照れたような、驚いたような反応を見せるマリカに。カンダタは冗談めかしてヒューッ!と口笛を鳴らします。

「ガイアのつるぎを敵に奪われた以上、作戦は失敗だ。ここに留まる理由も無いし、ロマリアを攻めている陽動部隊も撤退させよう」

 まるで、作戦失敗を喜ぶような素振りさえ見せて。魔王軍の地獄の騎士サイモンは、一言言い残すとキメラの翼を使って退却していきました。

「アリアハンの新たな勇者アッシュ、きみがさらなる成長を遂げ。いつか私を打ち破る日を楽しみにしているよ」

※ ※ ※

 ロマリアの長かった夜が、明けてゆきます。ベスビオ山の火口で日の出を眺めながら、マリカがアッシュ少年を頼もしそうに見ます。

「アッシュも、本格的に勇者が板についてきたわね」
「アリアハンの国家勇者は、父さんのままです。僕はただの代理で、王様からは1ゴールドも頂いてませんけど」

 ふたりの話を聞いている怪傑カンダタは、何か隠し事があるかのような落ち着かない感じです。

「ロマリアから援助を受けているのだろう?なら実質、君はロマリアの国家勇者と呼んでいいかもな」

 そう言うと、怪傑カンダタは先程キャッチしたガイアのつるぎをアッシュ少年に渡そうとします。

「これは、君が持っていたまえ。君は仲間も多いし、私が持つより有効活用できるだろう」
「では、一時お預かりしますね。また悪いことに使われないよう、どこか別の使い道が見つかるといいのですけど」

 保管場所については、シャルロッテとも相談しないと。そう思いながら、アッシュ少年はカンダタからガイアのつるぎを預かります。なお、ロマリアに帰るまでの間は、魔法のほうきが車椅子代わり。マリカは魔法力の消費を抑えて、地上すれすれに浮いています。

「ところで。その連射できる銃は、あみだくじの塔にあった古代アリアハンの遺産だとして。どうやってあんなことができたのかね?」

 カンダタの予想をも超える、アッシュ少年の離れ業。けれど本人は極めて謙虚に、種明かしに応じてくれました。

「ご指摘の通り、この銃はあの塔で山彦の笛と一緒に見つけました。しばらくの間は使い方が分からなかったんですが、カルカスで火縄銃を見てから解析が一気に進み、消耗品の弾丸も作れるようになりました」

 火縄銃の時代にリボルバーを使えることは、とんでもない有利です。これも魔法の玉を撃ち出すバリスタと同じく奥の手にして、人前では使用を控えると。アッシュ少年は固く心に決めます。
 ちなみに誰も正式名称で呼んでくれませんが、アープの塔にワイアット・アープゆかりの銃が保管されていたことになります。まさに伝説の武器。

「でも、この銃ってまだ秘密があったのよね」

 ロマリアで建設工事が進む中、銃声がバレない闘技場の地下で耳に覆いをつけて射撃訓練をしていたアッシュ少年は、突然科学者ルビスのアバター体の訪問を受けます。ちょうどマリカも一緒に見ていました。

「勇者アッシュよ、あなたの持つ銃には隠されたチカラがあるのです」

※ ※ ※

「マリカさん、この銃を持ってシバルタを唱えてくれませんか。植物のツタに与える命令は『近くにある棒状のものをつかみ、火口の外に投げろ』で」

 マリカとアッシュ少年が、今まさに火口で対峙しているサイモンとカンダタを上空から見下ろせる位置まで追いついたとき。最悪の事態を想定して、アッシュ少年はマリカに協力を頼みます。

「あたしは銃を使えないけど、問題無いわよね?」
「ええ、持つだけでいいんです」

 マリカがアッシュから銃を受け取り、植物のツタによる拘束呪文シバルタを唱えると。不思議なことに呪文はその場で発動せず、代わりにリボルバーに装填した弾が緑色の輝きを帯びました。そして、ひとりでにシリンダーが1発分回ります。

「もう1発お願いできますか?」
「オーケー、込めたら返すわね」

 次に、アッシュ少年はサイモンが投げたガイアのつるぎを目で追います。そして剣の近くへ1発発砲した後、狙いをずらしてすかさず起き上がった撃鉄を手のひらで押し込みます。早撃ち技のファニングです。

「さあ勇者よ、急ぐがいい。もはや猶予は無いぞ…!」

 ベスビオ山の火口へ真っ逆さまに落ちるガイアのつるぎへ、それを上回る速度でアッシュ少年の放った銃弾が飛来します。そして近くをかする瞬間、マリカの込めたシバルタが発動。弾からツタが伸び、剣をつかんで火口の外へ放り投げます。1発だけでは届きませんが、ちょうど2発めがまた近くに飛来。2発目から伸びたツタが剣に絡み、今度こそ完全に火口の外へ投げ返しました。

「…バカな!一体どうやって!?」

 この銃、実は魔弾銃でもあったのです。さすがは古代アリアハン…!


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