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【ベナンダンティ】11夜 フリングホルニ攻防戦

「『フリングホルニ攻略戦』これより開始です!」

夜の松戸中央公園。レイドイベントの開始を待っていたプレイヤーたちに、道化人形が高らかに宣言した。旧陸軍工兵学校前のドリームゲートが、進入可能を示す緑色に変わる。

「よっしゃ、行くか!」
「わたくしたちも、参りましょう」

何も知らず、ゲームマスターを名乗るガーデナーからの「依頼」で、侵略の尖兵に使われる地球人たち。本人はあくまでゲームと思っており、正面からの説得は難しい。攻められる側は、生身の人間…知らされてないのだろう。

「今は彼らに同行しつつ、機会をうかがいましょう。エルル様の故郷に興味もありますし」
「ミッションが出たよ」

銑十郎がかぶるガスマスクのゴーグルに、指示が出る。ユッフィーは首飾りが仮面に相当するアイテムだが、名工であるオグマの手作りだけあって基本性能が仮面より優れる代わり、ガーデナー製ではないから通知は届かない。

ユッフィーと銑十郎は、中の人同士が「PBW」というRPGのコミュニティで旧知の間柄だ。荒唐無稽な夢渡りの話も聞いてくれる、数少ない理解者。

「トヨアシハラの都で『ボーンビースト』を受領し、護衛しながら『ギケイ大王陵』内部を突破して『遺跡船フリングホルニ』へ到達せよ…?」

ドリームゲートを潜ると、そこは平安時代の京都らしき都市の廃墟だった。

「トヨアシハラ。これがアリサ様の故郷…」
「てことは、あれは羅生門?」

ふたりの前に現れたのは、鮮やかな朱色の門。ARの矢印が示す進路に従い、都市の中へ踏み入る。廃墟なので人は住人はいないが、それでも建物などは意外なほど形を残していた。

「いくさでなければ、ゆっくり観光したかったですの」

ユッフィーと銑十郎は、開始前の待機時間で知り合った鉄仮面のモヒカンやスカルマスクの傭兵と即席のパーティを組み、石造りの通路を駆けてゆく。後ろからついてくるのは、普通のRPGなら敵モンスター扱いだろう骨の獣。

「この古墳、何かおかしくないか?」
「幽霊でも出そうだな、おい…」

傭兵の男が違和感を口にした。古墳の内部に違いないはずだが、通路はエジプトにあるギザの大ピラミッドかと思うほど広く、複雑に入り組んでいる。さらに、この場にはないはずのものまで。

「古墳にルーン文字…?」

ユッフィーが壁の文字に視線を向けると、そこから弁慶を思わせる僧兵姿の幽霊たちがナギナタを携え、突如攻撃を加えてきた。とっさに長柄斧で受け止めるユッフィー。

「何者ですの!」
「ぎょえぇ!出た!?」
「我らが主の墓を荒らす盗人よ、武器を置いて立ち去れい!」

幽霊のような姿だが、武器には実体がある。彼らもアバターと同じなのか。モヒカンは驚いているが、だいたい察しがついてるユッフィーは動じない。

「ギケイ大王の墓…アリサ様のご先祖様は、源義経ですの?」
「ここはぁ『バルドルの玄室』ですよぉ!エルルちゃんの里帰りをぉジャマしないでくださぁい!!」

いきなり、ユッフィーの首飾りが光を発すると。エルルのアバターが現れて僧兵たちに抗議の声をあげた。

「エルルちゃん?」
「オグマさまのおかげでぇ、いつもご一緒できるようになりましたぁ!」

松戸の子和清水で再会したとき、オグマはヒュプノクラフトで首飾りに宝玉を追加してくれた。どうやらエルルを呼び出すためのものだったらしい。

「エルル様、地球から離れられなかったのでは?」
「これはエルルちゃん用の『首飾り』ですぅ」

エルルはなぜか、無数に分身して個別に意識を持ち、別行動できる代わりにドリームゲートを潜れなかった。オグマがそれをなんとかしてくれたのか。

「まさか、ふたつのダンジョンが何かの理由で混ざってる?」
「状況からして、そうみたいですの」

銑十郎の推理に、ユッフィーもうなずく。

(通してやるがいい…)

その場の一同に、またも唐突に低く重い声が響く。それは、心に直接語りかけてくる思念。

「はっ、御意に」

声は僧兵たちの主だったのか。壁をすり抜け姿を消す、墳墓の守護者たち。ユッフィーたち一行は、どういうわけか道を知ってるエルルの案内で通路を進んでゆく。やがて、出口の光が見えた。

「おお〜。フリングホルニの大地、なつかしいですぅ!」

出た先は、巨大な船の甲板上。でもそこに広がるのは、緑に覆われた大地。山があり、湖があり、空には雲がかかり、人工の太陽らしきものが輝いて、その上には星空が見える。どこか北欧か、アイスランドを連想させる。

「ここが、エルル様の…?」

ユッフィーが観光気分で、周囲を見回す。と同時に、異変に気付いた。

「ボーンビーストたちが…!?」

道化の依頼で護衛してきた、骨の獣たちが。一ヶ所に集まってつぎつぎ合体しながら大きくなり。やがて一つの巨大な、骨ドラゴンの姿となる。よくもまあ、パズルのように身体を分割できたものだ。

「我が名は邪暴鬼じゃぼうき。トヨアシハラの覇者にして、再び乱世を迎えし日の本に返り咲く者よ!」

どう見ても味方ではない。こちらに向けてくる視線に込められているのは、侮蔑と殺意。

「みなさん、ご苦労様です。後はそのまま邪暴鬼の贄となり、悪夢のチカラの糧となってください」
「ちょ、おいおいおい!?」

仮面のゴーグルに依頼達成の表示が出るも、まさかのどんでん返しに地球人プレイヤーたちから困惑の声が上がる。

「だから言いましたの!」
「哀れよな。太平の世に惰眠をむさぼり、牙を抜かれし豚どもよ」

道化人形たちもその場に現れ、邪暴鬼に合流する。何か話しているようだ。

「フリングホルニの中央制御室とやらは、我が千里眼で把握した」
「さすがはトヨアシハラの『魔王』。手を組んだかいがありましたよ」

道化たちは、邪暴鬼から千里眼のビジョンを受信したのだろう。すぐにどこかへ去っていった。

「だいたい、読めましたの…!」

身体の大きい邪暴鬼は、古墳とつながる遺跡の通路を通れない。そこで小さなボーンビーストの姿となり、地球人プレイヤーを運び屋に利用した。依頼達成後は、邪暴鬼のチカラを高めるエサとして。

しかし謎は残る。古墳の主は、なぜユッフィーたちを通したのか。だいいちフリングホルニを守るヴェネローン市民軍は、アリサ将軍はどこなのか。

「遺跡の通路へ戻れば、あの巨体では通れまい」

傭兵の男が、的確な状況判断で迅速な撤退を図るも。肝心の出口はスライドする石壁で塞がれてしまった。さらに、邪暴鬼が悪夢の炎で周囲を覆った。

「何っ…!?」
「後はお前らを喰らい、チカラをつけて夜の国へ攻め入るとしよう」

異世界の魔王こと、邪暴鬼が現代日本の「悪夢のゲーム」を狙っているのは明らかだ。さすがに現実まで干渉はできないだろうが…さあどうする?

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