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【ベナンダンティ】1夜 異世界は甘くない

夏なき冬フィンブルの冬」のさなか、202X年4月末日。深夜の松戸中央公園。
この時間に人通りはない。街灯が寂しげに植え込みを照らすだけ。
松戸駅からの通り道、大手総合スーパーも閉店時間を過ぎている。

幽霊の如き人影が、空から降り立った。実体が無く、誰にも見えてない。
「彼」か「彼女」かも分からぬ人影が、場違いな仮面を取り出し着けると。たちまち、公園は喧騒に包まれた。

「ちかごろ、安易な『異世界もの』がはびこり過ぎですの!」

女の子の怒声が、夜の闇を引き裂いた。かなり気が強そうだ。
褐色肌の小柄な娘は、憤怒の表情で長柄斧を振るい地面をドンと突いた。
派手な効果音とエフェクトが飛び散るが、実際の地面は何ひとつ変化ない。

無人のはずの公園は、いまやMMORPGの街中も同然。
幽霊だった人影も、思い思いの姿をしたアバターのひとつになっている。

試しに、仮面を外してみる。すると元の静寂が戻った。
これは拡張現実を見るための情報端末で、幽霊が触れる魔法道具。
再び着用すれば、またも女の子が声を荒げている。

「チートスキルなんかもらえませんし、歓迎もされませんの」

群衆の反応はさまざま。まったく気にせず、仲間と雑談に興じる者。
おてんば娘が青いツインテールをゆらして、まくし立てるのをながめる者。
みんながみんな仮面をかぶる中で、娘だけが素顔だった。

胸元で煌く炎の首飾りが、人目を引く。

「その上、地球人への差別と偏見がひどくって」
「お嬢ちゃん、まるで見てきたような口ぶりじゃねぇか」

渋い中年男、歴戦の傭兵風のアバターが不思議そうに問いかける。
特殊部隊を連想させるスカルマスクは、威嚇効果を狙ったものか。

「ええ。氷の都、ヴェネローンに行ったことがありますわ」
「なんだそりゃ?」

モヒカン頭のチンピラなアバターが、聞いたこともないと首をかしげ。
こちらは鉄仮面。ここは、季節外れのハロウィンか。

「俺は『悪夢のゲーム』を戦い抜いてきたが、実物の異世界は未体験だ」
「オレっちも、あのゲートの先には入れずじまいさ」

傭兵とモヒカンが、松戸中央公園の入口を見る。
そこには旧陸軍の工兵学校、歴史ある正門の柱が立つのみだが…。

仮面を通して見ると、各種ゲームでおなじみの「ポータル」が現れる。
赤い光が波紋を広げる、異世界へ通じる門。これはまだ、進入禁止の色。

「これはゲームを装っています。けれど考えなしに関わればテロリストの」「時間になれば、予定通りレイドイベントの開始です。遅れたら損ですよ」

おてんば娘が、言葉をさえぎった不届き者をにらむ。
木の上から、周囲を見下ろす道化人形。ペストマスクが不気味だ。

「ユッフィーちゃん」

ガスマスク姿で、ピンク髪の小太りなおっさんが心配そうに娘を見ると。

「ゲームマスターに逆らうと、あとが怖いぞ」

傭兵風の男も、ユッフィーと呼ばれた小柄な娘に警告する。

「大丈夫ですの、銑十郎さま。ここでの騒ぎは避けますけど、話くらいは」

ガスマスクのミリタリーオタク、銑十郎に微笑むユッフィー。

「まあ、好きにすればいいでしょう」

道化はそれだけ告げると、興味なさげにそっぽを向いた。

「あんた度胸があるな、ドワーフのアバターってのも珍しいし…」

モヒカン男が好奇の視線を向けてくる。いかにも話を聞きたそうに。

「いいですの。開始までまだ時間がありますし」
「戦いの参考にでも、なればいいがな」

ユッフィーの冒険談に興味を持った者たちが、輪になって集まってきた。
みんな幽霊なんだし、三密とかはこの際関係ない。

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