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【ベナンダンティ】8夜 密です!

眼下に広がる、東京の夜景。新宿の都庁が赤くライトアップされている。
これだけで、分かる人はいつの出来事か分かるだろう。

今夜もまた、夢渡りを阻まれた人々の精神が仮面でアバターとなって、悪夢の中で戦っている。現実の風景に重なって、運営からの告知が全プレイヤーにチャットで流れていく。

「ヒュージモンスター『緑の魔女』だと!?」
「『運営が病気』かよ、こりゃ」

それは、都内の各所に現れた巨大なボスキャラ。都民が見れば誰がモデルかすぐ分かる、あの人。そのインパクトはまるで「紅白のラスボス」。
ご丁寧に、巨体に見合ったサイズのガーゼマスクまで着用済み。少し小さめに見えるが。

バトルはすでに始まっている。開幕一番、魔女の目が都庁と同様赤く光って口からは物理的な圧力さえ伴った「力ある言霊」が発せられた。

「密です」
「うわあぁぁぁ〜っ!?」

その一言で、密集していたプレイヤーたちが強制的に吹き飛ばされた。

「はっ、これは!?」

気がつくと、全員が等間隔に間合いを離されている。剣や刀など近接武器を携えたプレイヤーが、果敢にボスへ距離を詰めようとするも。

「密です!」
「ぐあぁぁぁ!?」

言葉の圧力に、あえなく返り討ち。人間がアリを息で飛ばすように。

「近接攻撃はダメだ!飛び道具を使え」
「陣形:ソーシャルディスタンスだ!」
「誰が上手いこと言えと」

武器を弓や銃などに持ち替え、散開するハンターたちに、対峙する者の希望を打ち砕かんとミサイルの弾幕が飛来する。スピード感をもって。

花火のような爆発が、都内のあちこちで夜を彩る。ここまで派手にやってもぜんぶ拡張現実の話であり、起きてる者は気づかない。街も壊れない。

「なんじゃ、あれは」
「古の時代、日本人は目に見えない疫病を『鬼』として恐れたそうですね」

ところ変わって、氷の都ヴェネローンの紋章院。研究室の壁にかけられた大画面のスクリーンらしきものに地球での「夜の戦い」が映し出されている。まるでパニック映画でも見るように。

わけのわからないものを呆れ顔で眺めているのは、ウサビトの剣士アリサ。

「あいつら、倒れたプレイヤーから悪夢のチカラを回収してるわ」
「地球に入れなかったのも、ガーデナーの仕業でしょうか?」

「夢落ち」して、眠る本人の元へ飛んでゆく夢渡りの蝶から、鱗粉のようにこぼれ落ちる紫の光を見逃さないマリカ。彼女の反応から、宿敵の関与を察するミキ。

「以前とは、悪夢のチカラの集め方が変わっていますね」

アリサの隣で興味深そうに見ているのは、緑髪の少年。証人喚問のときに、エルルの隣にいた魔法使いだ。

「アリサ様、もうひとつ気がかりなことがあります」
「話を聞こうか、リーフよ」

リーフと呼ばれた研究員の少年が、地球全体の立体映像を空間に投影する。幻影の地球儀には、ところどころ赤い点が見えた。

「これは地球各地の『ゲート』の位置です」
「我らが父祖が、地球より異世界へ移り住むのに使った『門』か」

アリサが腕を組み、日本列島に点在する赤い点をにらむ。

「かつて地球は、あまたの異世界とつながっていました。地球上のほとんどが踏破され、未知と神秘が駆逐されたいまは、夢の中にしか存在しない門」
「なら、ドリームゲートと呼んだ方が良さそうね」

マリカも地球儀に目を凝らす。

「その門がいま、原因不明の活性化を起こしているのです」
「もしや、現実に悪影響が?」

アリサの問いに。リーフは、首を横に振った。

「いまのところ、その兆候はありません。でも夢の中では、門を通じて異界の存在が出入りしているみたいですよ」
「ドリームゲートを通れば、先生のところへ…!」

ミキの表情が、パッと明るくなった。

「ええ。『ロックダウンの結界』で地球への夢渡りが阻まれても、ドリームゲートを経由すれば地上へ行けるかもしれません」

リーフがそう言うと。いきなり部屋に警報音が響く。

「大変です。遺跡船フリングホルニが、ガーデナーの侵攻を受けています」

地球儀の幻が消え、代わりに立体映像のアウロラが割り込んでくる。さらに部屋内に投影されたのは、宇宙に浮かぶ巨大なバイキング船。甲板上が一種のスペースコロニーになっており、山や湖が見える。どれだけ大きいのか。

映像が拡大される。するとそこには、船に攻め入る悪夢の獣たちと一緒に、ミキの見知った人物の姿が映った。筋骨たくましい、大柄な女性。

「あれは、トップランカーのプリメラさん…!」
「『百万の勇者』で最強格と呼ばれた女傑か」

ミキがうなずく。アリサに悲しそうな顔を見せながら。

「『はじまりの地』での最終決戦のあと、強敵との戦いを欲するあまりガーデナーにくみしたと聞いていましたが」

かつての勇者が敵に回った。この場にいる一同も、ミキの冒険談から名前くらいは聞いている相手だ。

「私は、引き続きフリズスキャルヴで監視を続けます。アリサはマリカと、フリングホルニへ飛んでいただけませんか」
「あの船にはゲート発生装置『ビフロスト』がある。奴らもそれが狙いか」

女神からの依頼。アリサとマリカが、顔を見合わせた。

再び、夜の都庁前。だいぶ数を減らしたハンターたちが、遮蔽物を利用してボスの攻撃を巧みに避けながらも戦闘を継続している。魔女の瞳が、またも赤く光った。

「またあれか?」
「密です!!」

しかしその矛先は、目の前のプレイヤーたちではなかった。新宿区のはるか東、千葉県松戸市の方向に赤いビームが飛んでゆく。まるで戦艦の主砲だ。

「あんなとこまで届くのか!?」

ケタ外れの遠距離攻撃に、場のプレイヤーたちもあっけに取られる。
その先にあるのは…都立八柱霊園。松戸市にある、東京都の管理する墓地。

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