見出し画像

商人のDQ3【68】ハイホー廃坑

「ハイホ〜! 廃坑〜! たっか〜ら探しぃ♪」

 ネクロゴンドの洞窟に通じる廃坑を、エルルが張り詰めた空気の中で場違いなほど明るい歌声を響かせながら歩いています。隣でヤスケがやれやれといった顔をしていますが、歌うのを止めることはしません。

「エルルは、ムードメーカーだからな。酒蔵のみんなからも慕われてるよ」

 本来なら、ドラクエ2のロンダルキアへの洞窟と並び称される高難度ダンジョンですが。やや緊張感に欠けるかもしれません。

「ちょっと、モンスターに見つかるわよ?」

 遊び人が口笛を吹くようなものだと、遊び賢者のマリカが懸念を示しますが。

「エルルの歌には魔法のチカラがあっての、そこいらの雑魚モンスターなどたやすく眠らせてしまうのじゃ」

 この世界には、吟遊詩人なる希少な職業があると。アミダおばばが魔王軍時代に身に付けた知識を披露します。

「確か、モスマン帝国のモンスターたちを魔王の精神支配から解き放った」
「うむ。魔王軍でも詩人の行方を探しはしたが、見つからずじまいじゃよ」

 アッシュ少年とおばばが、エルルを見ます。彼女には優れた夢渡りの素質に加えて、謎の詩人と同じチカラまであるのでしょうか?

「エルフの魔力が影響してるのかも」

 エルフの呪いで、ノアニールの住民と共に長い眠りについていたエルル。その影響で、エルフの魔力を自身に取り込んだ。マリカはそう推理します。エルルは時折、背中から光る羽をはやしてパタパタさせることもありますがこれも普通の人間では考えられないことです。

画像1

『ケルベロスブレイド』(C)イーノ/里麻りも子/トミーウォーカー

「真相がどうであれ、エルルはみんなの看板娘。しっかり守るよ」
「ヤスケさぁん、カッコいいですぅ♪」

 かつて、ジパングにその名を馳せたノブナガ公の家臣だった頃から。もともと体格に恵まれ、武術の心得があったヤスケはジパングの武道をも身に付けていました。近接戦闘なら、身体能力を歩行サポート鎧で補ったアッシュ少年に匹敵するでしょう。高レベル勇者並みの強さ。

「ちょっとぉ、変ですねぇ?」

 不意に、広い空間でエルルの歌が止まります。違和感はすでに、パーティ全員が察知するところです。

「いくらなんでも、モンスターが少なすぎる
「ここ、魔王軍の本拠地に近いダンジョンとつながってるはずよね?」

 ヤスケとマリカが、警戒を強めてあたりを見回します。

「何か、このあたりで異変があったと考えるのが妥当じゃな」

 元魔王軍なだけに、おばばもネクロゴンドの洞窟の警備状況は見当が付きます。仮にも、本拠地のバラモス城に近い場所なのに。

「…あれは!?」

 アッシュが指差した先にあったのは、モンスターのしかばね。骸骨剣士の上位種、地獄の騎士とおぼしき骨は凄まじいチカラで砕かれ、巨体のトロルやライオンヘッドがさらに巨大な何者かに捕食されたような跡。小柄なミニデーモンは目を背けたくなるような姿で潰されていました。

 唯一残っていたフロストギズモとホロゴーストの集団が一行に襲いかかりますが、これはもはや歴戦のアッシュたちの敵ではありません。

「イオラ!」
「ベギラゴンショット!」
「いかずちの杖じゃ!」

 マリカの呪文とアッシュの魔弾銃がフロストギズモを吹き飛ばし、焼き尽くして霧散させ。そしておばばが振りかざしたライデイン効果のある杖から敵全体に稲妻がほとばしり、即死系呪文を得意とする危険な影たちを浄化し消し去っていきます。

 あっけない幕切れでしたが、真の脅威が去ってないことは明らか。さすがにエルルも、ヤスケの影に隠れてあたりをキョロキョロしています。

「おお、口惜しや…」

 聞こえてきたのは、亡霊の嘆き。鉱山で命を落とした者でしょうか?

何と! ここまでたどりつこうとはっ!?
そなたならきっと魔王を滅ぼしてくれるであろう!
さあ! このシルバーオーブを受け取るが良い!

 姿かたちは、元のドラクエ3でシルバーオーブをくれる人ですが。こちらの世界ではどうやら、オーブを渡す前に死んでしまったようです。だって、あんな山奥のほこらにどうやって一人だけ生存者がいるんですか。しかも、目の前はバラモス城。
 もしかすると、原作の方でもすでに亡霊と化していたのかもしれません。

「おぬし、もしやプレステジョアン城の者か?」
「そういう貴様は、魔王軍かっ!?」

 おばばが亡霊に声をかけると、その男は急に険しい表情になります。

「いまは、僕たちの旅仲間です」
「それは、失礼をした」

 いかにも勇者、賢者なアッシュとマリカの装いに、年配の男の亡霊は誤解を解いて詫びを入れてくれました。

「いいんじゃよ。わしはかつての過ちを償い、若いふたりの幸せを見届けるために勇者の仲間をやっとるんじゃからな」

 アミダおばばが、穏やかに身の上を亡霊に語ります。それで彼も、警戒を解いてくれました。

「だいぶ昔だが、見た覚えがある。あんた、お城の大臣だった人だろう?」
「おぬしは…まさか、城に荷物を運んでいた!?」

 なんと、ヤスケは大臣の亡霊と面識があったようです。

「ヤスケさぁん、なんでぇこの人を知ってるんですかぁ?」

 エルルが、不思議そうにヤスケの顔を見つめると。

「知ってるも何も。俺は彼の頼みで、魔王軍の襲撃で炎上するプレステ城からダイヤオーブ稲妻の剣刃の鎧の三つを運び出して鉱山に隠したんだ」

 衝撃の事実が発覚しました。ヤスケは、バラモスに滅ぼされたプレステジョアン城の関係者で、唯一の生き残りだったのです。

アフリカのプレスター=ジョン

 15世紀のポルトガルのエンリケからジョアン2世の時期にいたるアフリカ沿岸の探検は、アフリカの内陸にプレスタージョンの王国があり、その地は豊かな黄金の産地であるという思い込みが背景にあり、その地に到達するというのが動機の一つであった。とくにジョアン2世が派遣したコヴィリャンは陸路でインドに到達した後、アラビア半島からエチオピアに入り、エチオピア皇帝に面会し、そのまま現地にとどまって生涯を終えるという大旅行をしている。
 このエンリケ王子やジョアン2世のアフリカ探検熱は、大航海時代の到来をもたらした。ポルトガル船は次々とアフリカ西岸南下し、1488年のバルトロメウ=ディアスによる喜望峰につながり、さらにヴァスコ=ダ=ガマによるインド航路の開拓の成功となった。

 ネクロゴンド=アフリカの奥地にドラクエみたいなお城があるとしたら、それはプレスター・ジョンの王国に間違いありません。当時のヨーロッパ人の認識からすれば。大航海時代を扱うなら、その原因も出さなきゃ。
 シャルロッテがバハラタの街で出会った、バスコダがテドンを知っていたのも当然でしょう。

「ヤスケよ、すまぬ。おぬしが運び出してくれたダイヤオーブを再起の日に備えひそかに守ってきたが…宝箱ごとヤツに喰われてしもうた」

 一同の表情が、驚愕の色に染まります。ネクロゴンドの洞窟のモンスターたちを圧倒的な暴力で蹂躙した脅威。おそらくいま、オーブはその怪物の腹の中にあるのでしょう。

「あんたも、そいつに喰われたのか」
「うむ。あの怪物に名前をつけるなら…ジュエルワームとでも呼ぼうか」


アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。