お笑いファンが芸人になった話。
どうも、イノチェルです!
朝のネットサーフィンタイムに見かけたnoteの記事を読んでふと書きたい事が出てきたので書かせてください。
タイトルそのまんまの話です。
ちなみに今回のカバー画像は高円寺ジュンジョーのサンパチマイクです。
芸人になったきっかけ
よく、先輩芸人さんやら同期から「何でお笑いを始めようと思ったの?」と聞かれることがあります。
確かに、他の芸人さんがなぜお笑いを始めたのかというきっかけの話って実際かなり興味があるし、聞いていて楽しいですよね。
私も自分がお笑いを始めたきっかけを聞かれたら「○○さんはどうしてお笑いを始めたんですか?」と質問返しをすることがあります。
私が「芸人を目指すきっかけ」を話す際は、大学時代に話を遡らせます。
私は大学時代お笑いサークルに入っており、「大学芸会」や「NOROSHI」に出場したこともあります(ありがたいことに当時のコンビを知ってくださっている先輩芸人さんもいたりします)。
ただ、大学時代から芸人を目指していたわけではなく、むしろ「将来プロになりたいとか血迷わないように4年間全力でお笑いをやってやろう」と決めて活動していました。
それが色々あってプロの芸人の世界に飛び込んだのですが、その話をすると今回のメインテーマから少し逸れるので、そのお話はまた別の機会に。
大学お笑いの世界に入った理由
私が大学でお笑いサークルに入った理由は単純明快。「お笑いが好きだったから」です。
中学時代にますだおかださんの漫才に魅せられてお笑い(特に漫才)を見るのが大好きになった私は、そこから年3~4回のペースでお笑いライブに足を運んでいました。
さらに、高校時代にはクラスメイトと文化祭で漫才を披露。生徒会の人から「持ち時間は最低35分でお願いします」と言われた時には白目をむきかけましたが何とか無事に35分を使い切った事を覚えています。
……話が逸れてしまいました。
「お笑いが好きだから」という理由で大学お笑いの世界に足を踏み入れ、学生芸人とお笑いファンの二足の草鞋を履いていた私。
しかし、私の中では「学生芸人といえど大学お笑いの世界から一歩外に出れば一般人。お笑いファンで居続けることは簡単だ」なんて思いながら、年に数回のお笑いライブ鑑賞を楽しんでいました。
ただ、これが「プロの芸人」となると話は変わってきます(と、私は思っています)。
養成所を卒業し、フリーライブなどに出始めるようになってからは「お笑いファン」を名乗っている場合じゃないと感じ始めるようになりました。
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