メタフィクションとしての「およげ!たいやきくん」
「およげ!たいやきくん」の歌詞には、
「あるあさ ぼくは みせのおじさんと けんかして うみに にげこんだのさ」
とある。
たいやきくんと店のおじさんとの間になされたケンカの内容ってどんなだったのだろう。最初からケンカ腰だったわけではなかったのではないだろうか。
たいやきくん(以下、た):ねえねえおじさん。
店のおじさん(以下、店):おう。どうしたい。
た:なんでさ、毎日毎日ぼくらは、鉄板の上で焼かれているんだい。
店:なんでって。そりゃお前たちはたい焼きだからに決まってるじゃないか。
た:えっ。ぼくってたい焼きなのかい。
店:そりゃお前、どこから見たってすこし焦げあるたい焼きだろ。
た:鯛って焼いたら、中身があんこになるのかい。
店:いや、ならないよ。
た:じゃたい焼きじゃないじゃないか。
店:お前、そう言うけどよ。別にたこ焼きだって蛸をそのまま焼いたわけじゃないぞ。
た:でもたこ焼きには蛸が入っているじゃないか。イカ焼きだって烏賊をそのまま焼いたわけじゃないけど、でも烏賊が入っているよ。
店:いや、そりゃそうだけどよ。
た:でも、たい焼きには鯛の要素がまったくないじゃないか。それでなんで「たい焼き」だなんて言えるんだよ。
店:そりゃ鯛の形してるから。
た:それは鯛の鋳型で焼いてるからだろ。なんの飾りもない丸い鋳型なら回転焼や今川焼じゃないか。
店:なんだよ。お前、形に不満があるのか。
た:そうじゃないよ。鯛の要素がゼロなのに、たい焼き呼ばわりされるのが嫌なんだよ。
店:だから形は鯛だろ。要素ゼロじゃないぞ。
た:そもそもこの魚の形だっていったい誰が鯛って決めたんだよ。別に鰤でも鮃でも、なんなら金魚でも通用するぞ、この形。
店:だってそりゃ最初に作った人が鯛って決めたんだから。
た:じゃ百歩譲って鯛だとしても、何鯛なんだよ。甘鯛(グジ)とか金目鯛とか石鯛とか黒鯛とかいろいろあるじゃねえか。でも、ただの鯛なんて魚屋に置いてねえんだよ。リアリティがなさ過ぎなんだよ。
店:たい焼き風情がリアリティを語るんじゃねえよ。
た:お前それ差別発言じゃねえか。
店:お前こそ生みの親に向かってお前呼ばわりたぁどういう了見だ。そもそもいきなりしゃべり始めるたい焼きがどこの世界にいるって言うんだよ。リアリティなさ過ぎなんだよ。
た:ちきしょう!お前みたいな差別主義者親でもなんでもねえよ。こんな家(店)出て行ってやる!
店:ふん。勝手にどこへでも行きやがれってんだ。そして己のあまりに脆弱な虚構性としっかり向き合えばいいんだ、馬鹿野郎!
かくして、たいやきくんは店を飛び出して、紆余曲折の末、自らのアイデンティティを確認し、粛々と食べられるのでした。
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