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油の海にドボンだ!

このお話は大学のサークルで作成した会誌に収録されたものです。
当時の会員から好評だったため、こちらにも掲載させていただきます。
 


 エビは困惑していた。何故なら、先輩であるカキが丹念に布で体を拭いていたからだ。塩分のせいか、いつもより水分が多く出ている。
「先輩、そんなに必死に拭かなくてもいいと思うのですが……」
「今、何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
 エビも渡された布で体を拭く。背ワタを取られたこともあり、一人で拭くのは大変そうだ。見かねたイカが拭くのを手伝うと、エビは優しい声色でありがとうと言った。
「それでは、これからフライの作り方を説明する! 皆、よく聞くように!」
 はーい、という声が周囲から聞こえてくる。無造作に置いてある料理雑誌をチラリと見てから、カキが大きな声で説明を始めた。
「まず、小麦粉だ! 丁寧にまんべんなく体に付けろ!」
 ささみチーズは中に入っているチーズを気にしながら、パタパタと体に小麦粉を付けていった。他の具材も後に続く。
「さらに溶き卵だ! これがないと次の手順へ進めないから気を付けろよ!」
 ウズラの卵はそーっと溶き卵の器に浸かり、丁寧にペタペタ塗っていく。他の具材も後に続く。
「最後はパン粉だ! これがフライのポイントだ! みんなー、サックサクのフライになりたいかぁー?!」
 一瞬の沈黙のあと、あちらこちらから返事が聞こえた。早速、エビはパン粉を掬って体に付けていく。思った以上にくっつくので、皆驚きの声をあげていた。
 
「それでは、油の海へ飛び込む! 皆、いいフライになれよ!」
 あっけなかった。あんなに大声でみんなを導いていた先輩が、揚げ油に沈んでいく。エビは恐ろしくなってトングの後ろに隠れたかったが……なぜか皆飛び込んでいく。中には助走をつけて勢いよく飛び込むものもいるではないか。
「なんで、あんなことができるんだろう。怖くないのかな」
 すると、先ほどのイカがこんなことを言った。
「だって、皆飛び込んでいるもん。1人だけ違うのは変じゃない?」
 恐ろしい反面、エビの心には希望の光が見えていた。
 
「もし、ここで飛び込まなかったら、卑怯者になってしまう……。よし!」
 エビは助走をつけて飛び込んだ。
「油の海にドボンだ!」
 声無き叫びが油の海に広がり、静かに沈んでいった。
 
 
「今日はフライ沢山揚げたからね~」
「わー、美味しそう!」
「ありがとう、お母さん!」
「美味そうなフライだなあ」
 手を合わせて「いただきます」と元気に言った後、思い思いのフライを皿に取り分けていく。
「このエビ、なんかいつもより美味しい!」
「え、いいなあ~」
「このカキも美味いなあ。どこが産地なのかな」
「今日のフライは、大成功ね!」
 
油の海へと飛び込んだ具材たちに敬意を。
「いただきます」は忘れずに。
私たちは「命」をいただいています。


明るく爽やかな人でありたい
らいとそーだ

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