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あまごの一夜干し作り


「今日、忙しい?ちょっと手伝ってくれへんかな?」
と、軽トラで颯爽と現れた大家さん。
いつものように記事を書こうとPCに向かっていたけれど、予定変更。
大家さんのお手伝いなら、いつでも喜んで伺いますとも。
今日は何かな~?
「汚れてもいい格好で、作業場まで降りてきて。ほな、よろしく」
風のように現れて風のように去っていく。
私も急いで支度して向かった。

アマゴの出荷、おおいそがし!

大家さんの本業は、清流に棲む川魚、アマゴの養殖だ。
普段の主なお取引は、旅館やホテル、料理店など。
でも、このコロナ自粛の影響で、そうしたお店からの受注は大幅減。
しかし!
転んでもただでは起きない、熊野のお父さん。
通販で半額キャンペーンを開始。
それがテレビで取り上げられて、前代未聞の大忙しなのだ。

作業場へ伺うと、大家さんと共にクルクル忙しく働くおじさんがもう一人。
今日は、まず、この先輩に引っ付いて、アマゴの肝を取るところから。
「こう、背を下に持って、口から串を入れてな……」
と、丁寧にやって見せてくれる先輩。
口からエラ、エラからお尻、と串を入れ、反対側も同じようにする。
「で、2本をぎゅっと持って、クルクル回して引いてくと、ほら!」
あーら、不思議。
口元からずるりっと肝やら何やらが出てきちゃう。
おお、こうやって取るのね。
食べたことはあっても、実際に作る過程を見ると、また違った感慨がある。
よしっ、私もやってみよう。
(んん!?)
あんなにもスムーズに流れるような所作だったはずが……
私がやってみると、串ひとつ思うように刺せない。
にこやかな先輩は、辛抱強く教えてくれた。
「針で縫う時みたいな感覚かな。えらまで通して、少し戻してまた刺す」
やって見せてくれる先輩の動作は、やっぱり無駄が無く美しい。
ふむふむ、縫う時みたいな感覚ですね。
やってみます!先輩!

そして、手の感覚を頼りに黙々とアマゴと向き合った。
始めはうまくいかないことに申し訳なさや焦りを感じていた。
でも、10、20、と数をこなしていくうちに、感覚が変わってくる。
段々と経験データそのものに集中していく私。
串をどう刺したら余計な力がなくともスッと入るのか。
肝を引き抜く時の串の回し方。
手指の感覚と、試行と結果を蓄積していく脳。
私というものが、それだけに集約されたような静けさだ。

その手順がほとんど自動的にくり返せるようになった頃。
(はらわたをえぐるなんて、怒りや悔しさの比喩としか思ってなかったわねぇ……)
などと、悠長なことを考えながら、作業できる程度に余裕ができてきた。
出来栄えは相変わらず、良かったり悪かったり。
でも、気にする間もなく、手が次のアマゴへと伸びる。
気持ちのゆとりができて、ようやく周囲の様子も目に入ってくる。
少し離れた所で同じ作業をする先輩は、私の約2倍のペース。
時折、大家さんが焼き上げたアマゴの塩焼きを冷凍庫へ運ぶ。
(何でもよく気が付く人だなぁ、先輩は)
などと、悠長なことを考えながら、手はひたすらに串を操作する。
二人がかりで大きな金盥に2杯、だいたい400尾を処理したらしいところで。
はい、一旦、お昼休憩!

生きている不思議、死んでいく不思議

午後の作業は、先輩が開いたお魚ちゃんのお腹を洗うこと。
肝を取り除いて、開いて、お腹を洗って、塩水に浸して、干す。
これがだいたいの流れのようだ。
お魚の身に付いてる血などを綺麗に落とせると、おいしく仕上がるらしい。
「こう、骨に沿って頭の方へ指でしごいて……」
と、また丁寧にやってみせてくれる先輩。
ふむふむ、今度は先ほどよりは難しくない感じ。
小さな肝のかけらなどを見落とさず、注意してやっていけば大丈夫そうだ。

穏やかな初夏の日差しのなか、水を流し続ける水槽で魚を洗う。
寒くもなく、むしろ水に触り続けるのが心地いいくらいの陽気だ。
(さ、できたぞ~、はい、次の子、いらっしゃーい)
と掴もうとすると、手のひらをするりっと抜けてアマゴが逃げる。
その姿はまるで生きて泳いでいるようで、はっとした。
もう肝は無いし、ぱっくり開かれているのに。
それでも、アマゴの外側の皮はつるりと滑り、身体の流線形が水の力を受け流す。
(死んでても、身体は生きてた頃の機能を残すものなんだ……)
そんな些細なことが不思議で、一瞬、魅入られてしまった。
と思いながらも、手は自動的に身を開き、お腹を洗っている。
相手の命にも、自分の身体にも、感心することばかりだ。

昨日さばいて今日干しあがった魚は、パックして冷凍して明日以降の出荷。
でも、このキャンペーンで、ほとんどが明日中に発送されていくようだ。
(命を食べる、その感覚も一緒にパックできたらいいのにね)
そんなことを思いながら、パック詰め作業のお手伝いをした。
香ばしく焼かれたお魚が食卓に並ぶ姿を想像する。
ご飯にぴったりの塩気の、白や薄ピンクの川魚の身。
これが数日前まで透明なせせらぎの中で、力強く水を蹴っていたなんてね。
そんな不思議と一緒に、味わってもらえたらいいなぁ。

アマゴを育てる大家さん。
丁寧に諸々教えてくれた先輩。
透明な清流の水を育む熊野の山々。
みんなに代わって、今日はわたくしが言っちゃいましょ。
「さ、召し上がれ!」


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