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「凡凡」44. ユーメイク実ー!

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 「静電気除去シートに触れてから給油してください」というアナウンスをガソリンスタンドで聞く度に、私はどのくらいあの丸い静電気除去シートに触ったらいいのかいつも迷い、ちょいちょいちょいと三回くらい触ってから永遠の別れのように静電気除去シートに長いこと触れ、私自らがあの丸い静電気除去シートからエネルギーを充電しているような構図になり、そのまま「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり…」と悪魔の呪詛をつぶやきそうになる、そして我にかえって給油を始める。静電気がガソリンに引火する様子を想像するとどうしてもそうなってしまう、できれば万全の安全で給油したい、だから静電気除去シートを触れずに給油を始めるおっさんを見ると「すげえ!あいつ、ぶっ飛んでる!」と、静電気がガソリンに引火することをまるで恐れない勇士に尊敬の眼差しを向ける。
 このようにエピソードがかわいくない、かわいらしさと無縁の生活。私が何かを選ぶと、それはもれなくかわいくない、パン屋に行ってもそのパン屋のパンの中から、いちばんかわいくないパンを選ぶ(硬い石みたいなやつとか)、本棚にかわいい本が一冊もない、クローゼットも映画のTシャツとバンドのTシャツ、とにかくTシャツばかりでかわいくない、好物は強い酒と豆、特技はBOOK OFFにおいての作者名の早見(本屋と違って出版社別になっていない為、作者名が上や下にバラバラに並んでいる、それを眼球だけを使ってより早く見て回ること)、週に二日は二日酔い(だから二日酔いっていうんだね、ちがうよ)、とにかく行為も好物も特技もエピソードもかわいくない、私は全てをよかれと思って選び、その結果全てがかわいくない。
 職場の外観工事のお気に入りの職人さん(鳶職人と以前書いたのだけど、よく観察していたら設備職人でした)のことを観察する私の目も、もちろんかわいくない、たぶん「ミザリー」みたいな顔をしていると思う。先日も、その職人さんのことを「目が殺し屋みたいでかわいいよ」と職場の仲間にもらしたところ「それ褒めてるの?」の聞き返されてしまった。「殺し屋みたい」とか「サイコパスみたい」とか「サスペリアみたい」は私の中では誉め言葉で、これらは「かわいい」より私の中では強いのだけれど。職場のヤングガールたちはハンドクリームの容器がかわいいとか、お菓子の箱がかわいいとか、他愛ないものにさえかわいらしさを発見する名人。ガソリンスタンドの給油ノズルはカッコイイ、琉球泡盛のボトルがカッコイイとか、そういうのはわかるのだけど。私はかわいらしさを見つける能力に欠けているんだと思う、私はもうヤカラなのかもしれない。「スターウォーズ最後のジェダイ」のポーグ、ポーグがかわいいということは私にもがわかる、あれはかわいい。あれくらいかわいくないと、私はかわいいを認識できない。
 こんな状態ではあるけど、私にもかわいい要素が一つくらいあってもいいのじゃないか、完全にヤカラになってしまう前に。「かわいい」なんて贅沢は言わない「かわいげ」が欲しくないと言ったら嘘になる、そして苦肉の策として一つだけ私にかわいい要素を見つけた。木の実集め、これはかわいいんじゃないか。
 奇怪な木の実が好きで、見つけるとなぜか買ってしまう。まるで理由がわからない、自動的に買ってしまう、いつから買いはじめたのかも忘れてしまったけど集まってしまった。私の部屋に集めた「実」用の棚がある、そこには今まで私が集めた奇怪な木の実が献上されている。自然に奇怪な木の実が派生するおもしろさと、不自然な形と色の理不尽な木の実。軽井沢に「ジャムこばやし」という奇怪な木の実屋があって定期的に訪れる、植物センターなどで見つけることもある、栽培できそうな場合は栽培もする、その為に人の家の庭の一角を借りている、実のために、怪しすぎる。
 フウの実、バラの実、サルスベリの実、ユウカリの実、オオバマホガニーの実、ピンクペッパー、ベルギーナッツ、カカオ、ベルベット豆莢、ジャイアントセコイア、ウンカリーナグランディディエリ、ライオンゴロシ、ピアーナッツ、ブッダナッツ、藻玉、ハンバーガービーン、スパイダーガム、それと瓜類各種、胡麻類などの実が結果的に集まっている。まずそれぞれの名前が良い、それにどれも奇妙な形や色をしている、地獄からの化身のようなのもいる、これは一つとして同じ形のものはないナチュラルボーンだと思うと愛しさは加速し、買わずにいられず集まった。
 そして私は最近見つけてしまった、究極の実を。これぞ究極の実!といっても過言ではない実。それはタビビトの木の実、名前も完璧、ユリの花のような形をしていて割れた裂け目から宝石のような紺碧と言ったらいいのだろうか、ロイヤルブルーと言ったらいいのだろうか、とにかく完璧なブルーの実がこぼれださんばかりにワサワサとひしめいている、とんでもなく奇怪できれいな実。私は今、タビビトの木の実を新しく収集に入れるべく、どこでどんなサイズのタビビトの木の実を買うかと考えるだけで口元がほほえんでしまう。木の実集め、かわいい趣味だと思ったけど、私のコレクションは魔界セレクションのようで、やはりかわいくはなかった、いや私にとってはかわいい木の実なんだけれど。「真夏の夜の夢」のパックの彫像の足元に蓮の実を山にして積んで並べてあるんだけど、これも何かの呪いのように見えなくもない、よかれと思ってやっているんだけど。

写真注釈:沖縄雀瓜、蓮、角胡麻。

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