「凡凡」41. バカを全力で叫ぶ

　39歳、独身、独居、猫二匹。
　先週の土曜日に休みをとって以降、連勤が続いている、今週の水曜まで休みがない、11連勤。そのうちの数日は12時間拘束、休憩が30分30分の二回という残虐性、一日11時間立って作業して、30分の休憩で二本の煙草とコーヒーをすすって、ご飯を食べる時間はない。飲食店の師走はえげつない、心・技・体ともに疲弊し、帰宅後はリビングの床に転がって大袈裟に痙攣をしている。M-1優勝直後の忙しさに比べたら、とか朝の連続テレビ小説の撮影中だと思えばこんなことはたいしたことないと自分を誤魔化そうとしたのだけど、あれ等は選ばれし者が必要とされている状態なのであって、私のように誰がやってもいいことをたまたま私がやっているのとでは大きく違う。「休みたい!」ことを嘆いたつもりが「必要とされたい!」に着地してしまい、泣きたくなった。今月の頭にひとりで観に行った「火花」で菅田将暉より泣いてしまい、隣のカップルにどん引きされた、流れる涙が残っていなかった。このままではもうだめだとなると、私は余計なことを考えたり大袈裟な痙攣をしたりするので、強い酒を飲んで強制的に10時間寝るというリセット方法、帰宅直行で風呂に入り風呂上がりの空腹にズブロッカを飲み、酔いの兆候と共に倒れてしまうという強制シャットダウン。先日もそれを行い、10時間寝て復活を遂げた私はリビングで驚いた、家具の配置が変わっている、私はその10時間のどこかで起きだして家具の配置を変えたようだった、私元気じゃん!と思ったけれど、まるで記憶がない。昏睡無意識の10時間の間にも私は少しでも気分を変えたかったのだろう、連日同じ場所で同じ時間に同じ景色を見て同じ作業を繰り返していると一生が長い一日のようで一日がいつまでたっても終わらない。私は毎朝、日が昇る前に出勤する、今なんて真っ暗でただの夜みたいな朝、暗い朝から暗い夜まで勤怠をすると、同じ一日をループし続ける世にも奇妙な物語状態になる。
　そこにとどめを刺してくるのが朝の情報番組。テレビから得る私に関係がある情報は洗濯もの干しっぱなし予報と、天気予報、干したまま出かけていいのかをチェックして、ヒートテックを着るのか着ると後悔することになるのかを判断する。飲食店勤務の為、寒ければ前菜や冷菜の需要が減り、スープや温かいものが出る為仕込み量が変わる、それと野菜の市場相場、野菜が高騰しすぎれば(只今葉物高騰中)レシピや黒板メニューを変更しなければならない。それだけの情報の為に、そこに付随して誰かの人殺しや、どこかの火事、他人の結婚、離婚、不倫と、私にはまるで関係がない他人事、さらにあの朝の占いの忌々しさよ。干しっぱなし予報と最高気温と最低気温、赤ちゃんパンダの成長情報それだけを「ウェインズワールド」みたいに放送してくれるチャンネルさえあれば。だったら「ウェインズワールド」観るわと朝から「ウェインズワールド」や「テネシャスD」や「jackass」などのなるべくくだらないものを観ながら、 髪を整えたり、おむすびを握ったり、顔にニベアを塗ったりする。だから一日テレビをつけないで過ごすと「世界をシャットアウトしてやった」という気分になる。「世界をシャットアウトして、日常をゲットワイルドしてやった」という気分になる。
　テレビをつけてごらんよ、ずらりと並んだ女子アナが「これからお休みになる方も、そしてお目覚めの方も、時刻は4時になりました…」左右対称の顔で、きれいにホワイトニングされた歯を見せて笑いかけてくるぞ。育ちが良くて、品も知性もあわせ持ち、均整のとれた何不自由のない女子アナたちに微笑まれる辛さよ、これからお休みになる人にも、お目覚めの人にも気を配りながら、時刻の4時を伝えてくるぞ。私は目を伏せて「私はあなたたちに何ひとつ勝てないんです。降参です。優しくしないでください、辛くなるだけです」と朝から卑屈を炸裂させることになる。俗に囁かれる究極の幸福論四箇条。一、人に愛されること。二、人に褒められること。三、人の役に立つこと。四、人に必要とされること。私は何一つクリアしておらず、絵に描いたように幸福論を供えたように見える女子アナを直視することができない。
　疲弊時は何より現実と、女冠の頂点である女子アナを遠ざけたがる。私がもし女子アナに勝てることがあるのなら、この日々の負けぶりでしかない。リビングで寝転がり大袈裟に痙攣する、誰も見てないのに。頼まれてもいないのにこんな文章を書いて顔を晒して、無様で滑稽で哀れなブスが白目を充血させて目の下にクマをつくって、誰にも必要とされていないのに足掻いている。
　でもね今朝、私見た、限界まで欠けて金環日食みたいに細い輪になった月。ついに目の錯覚が起こったのかと思ったけれど、それは本当に明け始めようとしている空にちゃんといた、針金細工のような輪っかの月。それを見た時に、なんかよくわからないけど「この状況を許してやる」と思った。

写真注釈:敗者、バカを全力で叫ぶ。