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「凡凡」35.赤色エレジー

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 帰宅して駐車場に車を停めて、ポストをチェックしていると集団ポストの床に血痕。血痕はそれなりの量で、エントランスのタイルの上にポトポト一定の間隔で落ちていた、階段を上がると階段にも血痕、決して少なくはない量の血痕、それなりの量のしっかりとした血痕、得体の知れない血液というものがこんなに怖いものだと思わなかった。灰色のコンクリートに赤黒い血が落ちているだけで緊張感が増す、血は乾いているようにも濡れているようにも見えた、そもそも血がどれくらいの時間で乾くのか知らない、その血痕が今さっきのものなのか、時間が経過したものなのかわからない、周囲を見渡し、血痕を確認しながら自室の階へ昇っていく、最悪私の部屋の前に血塗れの誰かが倒れている場合だってある、突然鼻血が出たのかもしれないじゃんと、自分を勇気づけて階段を恐る恐る昇った。三階の踊り場で突然血痕は消えた、三階の踊り場で突然出血して駐車場に向かったのか、三階の踊り場で突然止血したのか。次の日になっても、私の集合住宅でなにか事件があったような気配はなかった、誰かが大量の鼻血を出した気配もなかった、あんなに血が流れていたのに。予想外の場所で他人の血を見てしまったという緊張感で、その日は寝る前に何度も玄関の鍵を閉めたかしつこく確認しに行ってしまった。とにかくその血は、はっとするほど赤かった、外傷であろうと突発的な鼻血であろうと、誰かが傷ついた証拠のような赤だった。こんな色の液体が人の身体の中を巡っていることが改めて不思議で人ってカラフルなんだなあ、どこか冷静に思ったりもした。私の部屋には赤いものが多い、キャットタワーもパソコンも冷蔵庫も赤い、特に意識することなく赤くなっていった、無意識で赤を選んでいる、達磨と赤ベコを買おうとしている、赤いから。彼岸花、ブレーキランプ、真田軍、赤いきつね、カズレーザー、みんな赤くてみんな良い。血痕にはびびったくせに。
 たぶん私は馬鹿なんだと思う。うっすら気がついている、若干自覚している、自分のバカを。そのバカに今ピーナッツの大旋風が巻き起こっている、バターピーナッツのり塩味も衝撃であったけど、今回は巨大ボトルで買ってしまったガーリックピーナッツがとまらない、冷蔵庫の上に鎮座したガーリックピーナッツが視界に入るともうボトルのフタを開けている、口に放りこみ噛み砕いている、もう無意識、気がつけばモグモグやっている、バカの証拠に肌が荒れた。あげくに今日は、大量のピーナッツを買ってきて、フライパンでオリーブオイル、ガーリックパウダーなどで調味して、更に好みのガーリックピーナッツを作り瓶に詰め、更に肌が荒れることなどは恐れず、なんだかバカが満足そうな顔をしている、ふがいない。
 私は豆に滅法弱い。赤飯は塩味の小豆の赤色バージョンと、醤油味の大豆バージョンの二種類を作る、豆をとにかく大量に投入したやつ。ピーナッツ同様、空豆にも異常な執着があって定期的に大量に食べたくなる、適度なこまっしゃくれた量なんかではなく大量に食べたい、シーズン中は生の空豆をサヤごとオーブンで蒸し焼きにして美味しく食べることができるけど、空豆のシーズンオフは業務スーパーの冷凍空豆を蒸籠で蒸かして、皮を全て剥いてからひたすら食べる、納得いくまで食べる、そしてその後必ず重度の「おならプープー病」になる。一時期絶大なブームになったのが秘伝豆、水でもどしてから茹でるタイプ、これはシンプルにオリーブオイルと塩をかけてマグカップによそってシリアルのようにデカいスプーンで食べるのが最強だった。そして今、基本にたちかえってのピーナッツ旋風、大豆も空豆も秘伝豆もペペロンチーノ味にして炒めるのは非常に美味しいが、ピーナッツはそれに加えてのカリカリ触感があり、日持ちもする。豆と赤が好きってね、バカに拍車がかかる。
 「ポジティブに前向きに、より良い仕事をして、センス良く、人より秀でた特技を身につけ、決してバカになるようなことはせず、素晴らしい一日をすごしましょう」という風潮にバカは毎日肩身を狭くして、今では貴重な野良犬のような目をして、卑屈を盾にして生活する。自分がバカだと自覚すると、あまりにも世に中には「バカじゃない人」が多いことに気がつく「仕事ができる人」「センスがある人」「ひいでた特技がある人」「なんか人とは違う人」「特別な人」「選ばれし者」などを自称する人が本当に多い、私はそのような人たちにいちいち出会う度に「恥の多い生涯を送ってきました」と冒頭でいきなり告白しなければならないような気持ちになる、多分そういう人たちは肌が荒れるまでピーナッツを食べたりしないのだろう。
 ピーナッツをカリカリ噛んでいると、少し頭がすっきりする、ひどい時は酒を飲みながらつまみに紅生姜を大量にカリカリ噛む、そうすると肌は荒れるが気持ちは落ち着く、どうやら私はモヤモヤした気分をこのカリカリモグモグで事前に回避している模様。明日は業務スーパーで冷凍空豆を買ってこよう。追伸、紅生姜は赤ければ赤いほど良い。

写真注釈:ヘルメットを冠った上機嫌のバカ。

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