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「凡凡」33.いかにして仲代

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 仲代達矢になりたい。仲代達矢はいつも不思議な目をしている、その佇まいは何も語ることなく怒り悲しみ、そして虚無をも同時に見せる。少し狂気で、不気味で、絶大に男前で超絶かっこいい、世界中でかっこいいと呼ばれているものの全てが仲代達矢の前では霞んでしまう。どの時代の仲代達矢もかっこいい「影武者」も「切腹」も「乱」も「華麗なる一族」も「犬神家の一族」も「女王蜂」「座頭市 THE LAST」もかっこいい、年も形も性別も違うけれど、私は仲代達矢になれるものならなりたかった。黒澤映画から飛び出してきたような、羽織のようなものを着てさりげなくストールを巻く独特の仲代スタイルもかっこいい、仲代達矢になりたいけれど、なれないことは百も承知のうえで仲代スタイルだけなら私にもできると、羽織のようなものを手に入れようしたのだけど、私はなぜか半纏を買ってしまった。
 なので最近、私は半纏を着てウロウロしている(本人は仲代達矢になったつもりなのです)。しかしたぶんよそから見れば、ただの堕落した寒がり、または市川崑監督作品の「タらないイカズゴケ」のよう。誰も私が仲代達矢に憧れて半纏をアウターとして着ているなんて気がつきはしないのだろう「これが仲代スタイルよ、うふふ」なんて思っているのは私だけで、これでとうとう本格的に異性が私に寄りつくことや新たな交友関係等を築くことが困難になっていくのだと思ったのだけど、私は半纏を着て実際にウロついているのだから、根本的な衝動は止められない、世間体より仲代達矢、目覚めよ私の中の仲代!
 私は仲代達矢に憧れ過ぎて、過去に一度だけ本物の仲代達矢を見たことがある。十年程前、私は「海老扇」と「ダウチンダウチンリッケンバーグ」という劇団の劇作と演出と主宰をやっていた。更にその前、なんとなく演劇をやりたいと思っていた頃に無名塾の塾生オーディションに参加した。無名塾の俳優(特に女性)は正統派の美形であることもわかったうえで、珍妙なフェイスに滑稽なスタイルの私は勇気を出して名乗りを上げ参加した、最初から受かるなんて思っていない、記念受験みたいなもので、わざわざ恥をかききに行ったようなものだったのだけど、あわよくば仲代達矢を見れるのではないかという期待に逆らえなかった、舞台や映画ではなく役の入っていない通常の仲代達矢を一度でいいから見たかった、それが仲代達矢という名の衝動。結果は勿論惨敗だったが、私は無名塾のオーディションで実物の仲代達矢を見ることができた。オーディション会場に現れた実物の仲代達矢からは後光が射してらっしゃった、私は人間から光が放たれているのを初めて見た。人間の感情や表現の特訓を物凄くした人からしか放射されない光だった、ぼんやりとしていた「神様」というものがこれなんじゃないかと思った「眩しくて見れないよ」などと思っている暇はなく「網膜に焼き付けろ!」と私の小さな脳味噌が指令を出したような気がして、私は仲代達矢を見まくった。そして実物の仲代達矢はどの舞台の仲代達矢よりどの映画の仲代達矢よりかっこよかった。それからずっと、私は仲代達矢になりたい。
 半纏を着てウロウロしている(仲代達矢になったつもりで)。人間を超越した気迫も持たず、感情や表現の追及も特訓もせず、ただぼんやり表層の仲代達矢を目指すものだから、私は羽織ではく半纏を買ってしまったんだと思う。しかし半纏、着てみるとだんだんと肌に馴染んでくる、私の中のジャパニーズソウルが半纏をガンガン受け入れる、半纏をどんどん気に入る、半纏こそがジャパニーズMA-1なんじゃなかろうかとまで思えてくる。せめてもと仲代っぽい柄の半纏を選んだのだけど、今度は赤いのも欲しくなってくる、かっこよくないか半纏、いやかっこいいだろ半纏。小泉進次郎が着て選挙活動したら完売するんじゃないか!?ぱみゅぱみゅが着たら原宿が半纏だらけになるんじゃないか!?パリコレ発だったら世界的に流行っちゃうんじゃないか、セレーナ・ゴメスがインスタにいち早くアップするぞJAPNESE HANTEN、かたや日本では糸井重里が半纏を推薦してくるぞ!丁寧な手作りの「ほぼ日半纏」!そしてトドメにミランダカーが健康食品をひっさげて半纏で来日してくるぞ!カジュアル半纏、フォーマル半纏、ファスト半纏、DC半纏…来年の冬にはユニクロから発売されるぞHANTEN!というような気までしてくる。
 しかし現実は私がただ半纏を着てウロウロしているだけのこと。それも仲代達矢になりたくて羽織を買うつもりが半纏を買ってしまっただけのこと、半纏がブームになって盛り上がるようなことはきっとない。いつか、もう少しでいいからちゃんとした仲代達矢になりたい、多くを語らず怒りと悲しみと虚無を同時に持った大人、羽織とストールをさりげなく普段着にしても笑われない大人になりたい。半纏を着て、酔っぱらって「リチャード三世」の戯曲をひっぱり出してきて、部屋で一人、あの名台詞「ああ!俺は俺を愛している。なぜ?俺が俺にいいことをしたからか、とんでもない!俺は俺を憎んでいるのだ!」冷めた猫たちの視線を一身に浴びながら。今のところこれが私の衝動の仲代、嘆きの仲代スタイル。呼び覚ませ!私の中の仲代。


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