見出し画像

「凡凡」37. 著者近影

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 最近の本に著者近影が少ない。古い文庫本にはかなりの頻度で著者近影が表紙の裏側についているのだけど、最近の本には著者近影がついていたらラッキー!と思う。勿論、顔が小説を書くわけじゃないから、著者近影が余計な情報になり得るということも考えられるけど、私は著者近影が大好き。小説家が島田雅彦みたいにハンサムなことを期待しているわけじゃない、綿矢りさちゃんみたいに美人であって欲しいわけでもない。この人が小説を書きました、この人の頭の中を文章化しました、それなりの覚悟を持って小説を発表しています、「実在します」という実態を実感する為の著者近影。小説家は私にとってアイドルのようなもの。だから私は小説家を見たい、もっと小説家を見たい!文芸誌の白黒ページ、サイン会、講演会、王様のブランチの短いブックコーナー、La Kaguのイベント、B&Bトークショウ。カラーで動く実在の生の小説家は率先して出向かなければ見ることができない、だからせめて著者近影が必須項目になりますようにと毎朝、昇る朝日に祈るしかない。
 初めて稲垣足穂の著者近影を見た時の衝撃、中島らもの著者近影が私の想像通りの顔だった時の喜び、穂村弘が想像以上に穂村弘だった驚き。十代の頃はよく中島らもの著者近影を顔に乗せて寝ていた、寝ている間に中島らもの顔から私の顔におもしろエキスがフェイストゥフェイスで浸透しろ!という謎のおまじないだった。
 飲食店で働いているものだから、クリスマスディナーの予約、クリスマスケーキの販促の為、毎日サンタの格好をさせられている。もう何もかもが馬鹿馬鹿しくて、憂鬱なのに、こんな恰好で何時間もニコニコしていなければならない全部の現実にぐったりする。そんな時、自分自身を回復させる遊びを私は実は知っている。著者近影を思い出して「いる」と思う「小説家がいる」と思うこと、好きな作家の著者近影を次々に思い出す、小説家の著者近影を頭の中でスライドショーみたいにして「いる」「いる」「いる」と思う「小説家がいる」と思うと正気が戻ってくる。そして密かに自分を回復させる遊びは自分の中でだけ進化した、最近はランダムに小説家の著者近影を頭の中に思い浮かべて、その著者近影に小説家以外の職業をあてはめる遊びになっている、こんな感じ。
 角田光代、中学体育教師。西加奈子、現代津軽じょんがら奏者。中村文則、舞台照明技師。花村萬月、元傭兵(現軍事評論家)。中村航、東急ハンズ二子玉川店バストイレタリー担当。羽田圭介、ジュンク堂書店大泉学園店、書店員。加藤千恵、洋服の青山店員。朝井リョウ、理化学研究所職員。村田紗耶香、カルチャースクール押し花講師。吉村萬壱、和太鼓職人。長嶋有、プロ棋士。穂村弘、漫画家。吉田修一、歯科医。町田康、レモンガス株式会社、湯河原支店長。川上弘美、児童福祉士、民生委員。藤沢周、芸能プロダクション上席執行役員。林真理子、元SMAPマネージャー、現CULEN代表取締役。北方健三、町会長。村上春樹、村上造園社長。村上龍、村上ファーム、白菜の出荷栽培。筒井康隆、吉田ソース創業者。稲垣足穂、一般社団法人漫才協会理事。夏目漱石、マジシャン。
 このようにして、数々の著者近影を手あたりしだい思い出して、小説家が小説家じゃなかった場合の職業を想像していく。最近は小説家だけでは足りなくなってきて、新書作家や文化人にまで手を伸ばし始めた。堀江貴文、薬のヒグチ調剤師。古市憲寿はドン・キホーテアルバイト店員。中野信子、元劇団四季(現在は俳優養成所講師)。デーブス・ペクター、ウォルト・ディズニー。モーリー・ロバートソン、スーパーボウルの名物観客(バーガーキング、メリーランド州ボルチモア支店オーナー)。それでも気が済まないと、これがミュージシャンに派生していく。俳優さんや芸人さんは臨機応変な役割があるので、固定概念が邪魔をしてしまって面白みに欠けてしまう。
 辛い時や自意識を麻痺させてしまいたい時、お酒を飲むのが手っ取り早い。でもそうもいかない場合、そんな時に私を救済するのは小説家の著者近影、その写真を思い出すだけで小説の内容を思い出す。本当に色々な人がいて、色々な感受がある、私が私でしかない時、気持ちが傍若無人になる。著者近影を思い出す、色々な人になって色々な気持ちになる「小説家がいる」小説家が「いる」「いる」「いる」いるんだぞ!ほら!この顔もこの顔も小説家。私が私でしかないないから苦悩するのでしょう、小説家みたいにきちんと色々な人の気持ちになればいいでしょう、自分が自分であることは特に大切なことではないのかもしれないじゃない。暑苦しく、作業もしづらい、サンタの格好でニコニコしなければならない、小説家を想像してニヤニヤする、ニコニコもニヤニヤもよそから見ればバレやしないでしょう、そうして自分を忘我する。
 私が好きな著者近影は「パークライフ」の日比谷公園噴水前で撮影された吉田修一、「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」のゲンズブール似のブルボン小林、「獏の食べのこし」の中島らも、「べっぴんじごく」の岩井志麻子。なぜかしら、小説家が煙草を吸っている著者近影はお得な気分になる。

写真注釈:誰が初めてiQOSを吸う著者近影になるのか予想、新書で猪瀬直樹。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?