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「凡凡」39. 切腹ピストルズ

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 彼女や彼氏や妻や夫の伴侶類がいる人は、まるで伴侶のことを自分のことのように話すのな。話す当人にその自覚があるのかないのか私には測り知れない、自分語りの一環に伴侶のことを自分の一部のように話すのな、そんで伴侶の価値は自分の価値のような顔をしてるのな、「私の価値を他人が保証しています」みたいな顔をしている。そしてもれなく、こういう時間というのはとても退屈なもので、それは私が何かしらをこじらせているからなのかもしれないけれど、聞き手が退屈しているのがバレることは対話相手にとても失礼なことでもあり、こういった時はなるべく自分のこじらせを表沙汰にせず、只ひたすらインタビュアーになってしまうことが楽だと嫌でも培った長い時間だけがそれを知っている、こういう時はなるべく優れたインタビュアーに、プロインタビュアーに、そう私は吉田豪なのよ!と自分を奮い立たせて、相槌を打ったり、質問をしたり、気持ちよくインタビューに答えてもらう為に全力を尽くすせいで、非常に体力を消費する。
 このようにして、伴侶類がいる人の伴侶類の話を毎回のりきる。人の興味が自分自分自分自分から他人他人他人、家族家族家族と変容していくのだなと改めて実感して、未だに自分自分自分と私に付き纏う自分にうんざりした。これからも私は私の唯一の保証人として、私の価値を私がプレゼンしていかなければならないのかと思うと、私はただ愕然として、フィジカルの方に支障が生じ、次の日から具合が悪くなり床に伏せてしまった。
 具合が悪くても誰もいない、酒を飲む元気もない、本を選ぶ気力もない、こういった場合は本を選んだとて文字を追うだけで、想像力が発動しない「ポカリちょーだい」と言ってみたら猫が振り向いた、尾崎放哉のナンバーで「咳をしても一人」はりきってどーぞー!とにかく、どうにかして自分で自分を盛り上げなければならない。FUJIWARA原西の「ポクチン」その直後の「俺やで!」、鈴木奈々の代表作「生きてる価値が見いだせない!」などの一発ギャグを全力でやってみる、一発ギャグはやっている間だけは元気になるのだけど、直後の静寂にもれなく撃沈する。眠るわけでもなく布団でゴロゴロする、枕に顔を埋めて沈む。時間よ癒せ!と願い、とにかくどうにかして自分に元気を与えなければならないと焦るのだけど、身体はまるで死体のよう。
 こういう時に私が頼りにしているのが、大人のちょけ。元気を失ってしまった時に、いちばん即効性で効果があるのは、ポカリとちょけでしかない、こんな時に適度なパンチラインはうざったいだけ。何かの反動でちょけている大人を見かけると、私はすごく安心する。こんなにちゃんとした大人たちも、ちょけないとやっていられない、たぶんとてもシャイで本心を晒すくらいなら、ちょけますよと言わんばかりの完璧なちょけ、ちょけ倒して誰にも一度も真面目なところなんて見せてたまるものか、テキトーに真面目なところを見せるくらいならちょけますよという覚悟 「どーぞ、指さして笑ってください」という完璧な開き直り、大人のちょけり。
 あー私はもうだめだ!と思った時は、宣伝の為にテレビ出演する竹中直人や、五時に夢中の「ひら散歩」の平山夢明や、蝶ネクタイ姿で小沢健二の「流星ビバップ」を唄う三谷幸喜などを思い出すようにしている。今ちょけないと死んでしまう!こんなにもちゃんとした大人がちょけないとやってられない!という姿を晒してくれている、なんてぶっ飛んでてクールなの!私は布団の中でむくりと少しだけ動き、手だけを動かして動画で三谷幸喜の「流星ビバップ」を確認した、むくりむくりと体が少しずつ動いてくる、この動き出した手を利用して「切腹ピストルズ」を再生する。
 死体のようにうつぶせて、枕に顔を埋め身動きもせずに謎のうなり声をあげている私のかたわらでBluetoothスピーカーから、切腹ピストルズの理屈を超えた三味線、和太鼓、篠笛や鉦の寛容で力強い連打が部屋に充満する。否応なく、静かに農耕民族の血が騒ぐ、沸々と。血が沸く、ブクブクと。
 死体のようにうつぶせた不動の私、楽曲と不釣り合いな私の体勢が俯瞰したらとてもシュールなことにやっと気がつき、顔を上げ寝転がったままスマホで切腹ピストルズの狼柄の西洋肌着(Tシャツ)と缶バッチを購入した。楽曲が「自棄節」に切り替わった頃「どりゃああああ!」と言いながら、私は布団から起き上がった、そのまま「百姓一揆だああああ!」と台所に移動して、そのまま私は調理を開始した。
 元気を失った時まず、取り戻すのは気力で少しでも気力が戻ってきそうになったら勢いをつけて、好きなものをたらふく食べるに尽きる。「切腹ピストルズ、ありがとう」と言ってから、私は自分の為にこしらえた巨大茶碗蒸しを湯をはった鍋で蒸した。それを食べる頃には、気力から見え隠れする元気が派生し始めた、茶碗で蒸すから茶碗蒸し、丼で蒸したら「ドンブリムシ」。ドンブリメシと同じ発音なのな、とか「ドンブリムシ」っていう虫いるんじゃない?とか思う余裕すら。地獄のように熱い、丼蒸しをデカいスプーンで食べた。ありがとう、切腹ピストルズ。

写真注釈:江戸アメリ

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