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「凡凡」42. 戦メリと最強ロンリー

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 朝、職場の店の外に水を撒いて掃除をすると30分もしないうちに凍る、そこをツルツル滑りながら「アナと雪の女王」の歌の旋律で「襟裳~!襟裳~!」と唄いながらツルツルやっていたら、十も若い小僧に死んだような目で「バカなんすか」と言われた。「バカなんす」と言い返す「デカダンス」と同じ発音だった。
 先月はハロウィンで今月はクリスマス、巷はイベントに飢えている。いたるメディアがクリスマスを訴えて、ファミリーがフライドチキンを齧り、ティファニーがこれみよがしに広告を打ち、恋人同士が身を寄せ合う。そんなものを見せられたくらいで、一人でいることが罪悪のような気がしてくるようでは、まだまだ。最強ロンリーの私はこの程度では動じない、去年もその前の去年もその前の去年もその前の去年もそうやって過ごしてきた。一人だ何が悪い、イベントに飢えやがって「ふん」(鼻息荒し)「はん?」(文句あっかの意)でやっつける「ふん」「はん?」の二言でやっつけが利く(ようになってしまった)。
 私はクリスマスじゃなくても、まるで「殺し屋1」のようなポンプフューリーを自分で自分に(Amazonを経由して)送ることができる「ふん」、クリスマスじゃなくても大きな丸い筒に入ったフライドチキンを誰にも分けることなく一人で全部食べることだってできる「はん?」、クリスマスじゃなくても部屋で半纏を着て「ええじゃないか」を踊り狂うことができる「ふん」、クリスマスじゃなくても「浅草キッド」と「たとえば僕が死んだら」をギターコード確認しなくても弾き語れる「はん?」、クリスマスの夜におごそかに草餅だって食べられる「ふん」、それでももし寂しければラジオがある。
 ラジオ用に買ったBluetoothスピーカーがすこぶる気に入っている、風呂にも持っていけるし、台所で調理しながらもラジオが聴ける、眠る前に枕元に置いて転がりながらラジオ(主にオードリーのオールナイトニッポン)を聴く。暗がりで二人の声を聞いていると三人で寝転んでいるような気がする、こういうリスナーを俗に「痛いリトルトゥース」と言う、私は全然寂しくない。全然寂しくない私は、こうも寒いとエアコンをつけっぱなしで寝たいのだけど、翌朝喉がガレガレになるのは嫌だから、タイマー切を設定する。猫は眠いと顔が奥まる、猫然としたクリっと感が失せて顔を奥まらせた猫たちが、ぼんやりラジオを聴く私の布団にノソノソ入ってくる。定位置は決まっている、お腹の上にムウニ、足の間にモオフ、二匹は私のことをこの時ばかりは床暖房だと思っているのだと思う。腹の上と足の間に猫を供えて、耳の穴からラジオを聴きながら寝ていると、これが私の最終形態なんじゃないかと思う。シンゴジラの形態変化のように、戦隊もので合体して最終的に戦う時のスタイルのように。しかしこの最終形態、真夜中に腹の上と足の間に在籍したまま、暇にまかせてお互いにちょっかいを出しあってじゃれあう、まるで私自身の内臓がゴソゴソ動いているような感じがする。ラジオを聴いたままいつの間にか眠ってしまって、内臓がじゃれあって目を覚ます、腹の上と足の間に猫を挟んだまま、もう一度ラジオを聴きながら最初からまどろもうと再生リストを眺めていたら、自分の再生リストの中に「戦メリ」を発見してしまい、この時期にあえて聴くという勇気がなぜか沸き「Merry Christmas Mr. Lawrence」を再生した。暗い部屋、暖かいベッドの中、腹の上に猫を乗せ足の間に猫を挟み、私は最終形態で空中を見つめる。ざわめきや渇き、メロディーの切実なリフレイン、なぜかこの一夜がまるで特別な意味を持つような気配がして、その一夜一夜をとても尊く感じた。そして曲が終わると同時に「メリークリスマス、ミスターローセンス」(たけしで)言ってしまう生活習慣病。
 小田和正を流しながら自分の写真のスライドショーを見ると、私が死んでしまった人になったような気がする、エンヤを流しながら自分のスライドショーを見ると、自分がやたらとうやうやしく見える。行きたくない仕事の前に「行きたくない、行きたくない、行きたくない」実際に声を出しながら、エミネムの「Lose Yourself」を再生させると「やってやる」「ぜってーにやってやる」「行ってやる、仕事に行ってやる」という気分になる。クリスマスイブとクリスマスは勤務先の飲食店もクリスマスディナーを行う為、ローストチキンやスペアリブの仕込みが山ほどあり、デザートプレートにチョコレートとラズベリーソースでMerry Christmas!とか散々書くことになる、それらはカップルや家族の特別な一夜のテーブルに運ばれていく、出勤前に「Lose Yourself」を聴くか「戦メリ」を聴くかとても悩む。
 数日前に書いたことを訂正したい。1軍は1軍とつがって、5軍は5軍と自動的につがって気持ち悪いみたいなこと私は書いた、ついでに女子アナもディスした。その後少し考えたら、ちょっと違うことに気がつた。誰もが「自分に似た誰かを探している」のではないかと。
 暗くて寒い夜に、身を寄せて、布団の中で猫の体温を争い合いながら、各々が宙を見つめて「戦メリ」を聴く。
 「メリークリスマス、ミスターローレンス」
 「それは、たけしじゃなくて劇団ひとりのたけしだよ」
 「メリークリスマス、ミスターローレンス」
 「それは松村だよ。こーだよ、メリークリスマス、ミスターローレンス」
 「そうかなあ」
 「こっちは性別を超えるっていうハンデがあるんだからね」
 こういうのを分け合えれば、その一夜一夜はさらに尊く特別なものなんだろう、眠る前には口角にキスをする「明日も笑いますように」というおまじないだけど、それにそんな意味があるってことは教えてあげない。そんなことを妄想し、私、撃沈。

写真注釈:顔が奥まりはじめたモウフ。

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