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「凡凡」34. 私が私に飽きている

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 もうずっと髪を切りたい。ポリシー持った長髪なんかではない、カルト教団信者のように髪が伸び果てている、または平安時代。このように成り果ててしまった原因は私がただのズンベラボンだからで、美容室に行くのが嫌なだけのズンベラボンの一言に尽きる。ショートヘアの人の耳に嫌な感じにかぶさった毛や、襟足がもあもあした感じを見る度に「あいつはそろそろ散髪をしなければならない…がんばれよ美容室!」と他人の散髪でさえ思い煩う。しかし、髪を切りたい、自らの腰まで伸びた髪をまったく慈しめない、もう完全に私が私に飽きている。それに拍車をかけるようにエレファントカシマシの宮本浩次が髪を切った、あー!もう私も髪を切りたい!毛先を顎のラインに合わせて余計な髪を後ろにクリップで止めて、髪の短い自分をシュミレーションする、正面からはショートに見えるけど、後頭部で束ねた髪がとてもズンベラボンになっている、まるで「びんぼっちゃま」。それにしても髪を大幅に切りたい、髪を短くした場合定期的に美容室に行かなければならない、月に一回美容室に行かなければならないなんていうプレッシャーに私は耐えられるのか自信がない。「私が私に飽きている」という大きな問題を解決するには月一の美容室という大きな問題が発動する。カルト教信者か平安時代か、ズンベラボンのびんぼっちゃまか。
 だいたいこんなに伸びた髪を短く切る場合、美容師にどのような髪形にするかオーダーしなければならない、誰かの写真を見せるとか、つたない言語で説明をしなければならない「オールフロント、前髪重めで毛先は顎のへんで…いい感じに」結局いい感じにとその場を濁し、みっともない苦笑いを浮かべる自分が手に取るように浮かんで見える。例えば私が女優さんやモデルさんの写真を持参して「このような髪形に」と美容師に提示した場合、世界中の美容師は絶対にこう思っている「顔は変わりませんよ」と。それに美容師は美容師同士のスラングで客を「ゴーリキ」とか「アラガキ」とか「シバサキ」とか「イシハラ」と、お客を呼んで嘲笑っているに違いない。女優やモデルの写真を提示することは最も回避したい、髪形を上手くも説明ができない。
 結局いちばんいいのは恥を忍んで写真を提示することなんだと思う、だから女優やモデル以外の写真を持参すればよいのではないか、ついでにその写真がおもしろければ特にいいのではないか、例えば「この髪形にしてください」と私が美容師に差し出した写真が「角刈り」であったり、三十年前くらいの小学生男子の写真を見せて「こんなスポーツ刈りにしてください」とか、美容師の度肝を抜く発注をするパターンが吉と思える。美容師の心理はきっとこうだ。「こんな髪形やったことない!」=「やったことない」=「一度はやってみたい」この時点で私は「ゴーリキ」とか「アラガキ」などとスラングで呼ばれることはない「角刈り」か「スポーツ刈り」と呼ばれることになる、バックヤードではきっと「ヤバい、マジウける」とか言われることになる、そつなくスラングで皮肉を囁かれるよりよっぽどいい。私は髪を切りたい、そして美容師はやったことないヘアカットをしてみたい、互いにウィンウィン。そして私は、角刈りまたはスポーツ刈りとなって美容室を退室する際、本当に満足したような様子で「ありがとう、とっても素敵、こんな感じにしたかったの」と美容師に告げる、これで私はその美容室の語り沙汰になることさえできる。しかし現実、私が角刈りかスポーツ刈りとなって普段の生活に混ざればまず「どうした!?」となるのは間違いない、カルト教信者が角刈りへ、または平安時代がスポーツ刈りへ、なのだから周囲を多少困惑させてしまうことになり、アフターフォローの面倒が発動してしまう。
 それらを考慮しての折衷案、男性の髪形の写真を提示するというのはどうだろうか。WWE中邑真輔の写真を提示して「パーマきつめで」と発注する、ヘアバンドを持参して立川談志の写真を見せる、ここは初心にかえって最善はYou Tubeでエレファントカシマシ宮本浩次の動画を見せる!私は美容師にスラングで「ミヤモト」または「エレカシ」と呼ばれる、そんな覚悟を胸に、最高じゃないか、がぜん。そして無事、短髪になった私は上機嫌で「くうだらねえとつぶやくぜぇ~さめたツラして歩くぜぇ~いぃつの日かぁ輝くんだぜぇ、今宵の月のようだぜぇ~uh~!」と唄いながら店を闊歩して店中の美容師とお客に持参した餅でも撒いて帰ってくればいい。
 私(39)が「最上もがちゃん」の写真を提示して「これにしてください」という勇気を出すことができないだけのことで、これだけあーだこーだ悶絶して、がんばって行った美容室で私が実際に言うことができるのは「毛先を5センチくらい切ってください」という限界、私はもうずっと髪を切りたい。

写真注釈:びんぼっちゃま正面の様子。

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