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「凡凡」40. ボーイミーツガールあれこれ

 39歳、独身、独居、猫二匹。
 4軍の彼氏は4軍、5軍の彼女は5軍という不思議。「あなたは何軍です」と国から正式な通達が来るわけでもないのに、1軍は1軍とかたまる、ハンサムは美女とつがい、女子アナは一流スポーツ選手とつがう自然の摂理。不可視でありながらも明確なカースト、各々が各々のヒエラルキーを無言で把握しているのか思うと、怖くてしょうがない。私も自分が4軍、5軍くらいにいるのは、なんとなく把握している。なのに私は未だに私と同じ5軍の相手を見つけられない、正直5軍の私の相手がどの程度5軍なのか見分けがつかない。チビでデブでハゲのじじいで、おそらく前歯もなく、特に賢くはなく、低所得でさらにアル中かもしれない。それがどの程度チビで、どの程度デブで、どの程度ハゲで、どの程度じじいか、項目を細分化して掘り下げていくと様々な5軍を思い浮かべることができるのだけど、少しチビで少しデブで少しハゲで少しじじいと、かなりチビでかなりデブでかなりハゲでかなりじじいでは、ずいぶん違う。想像すればする程、同軍という鏡が、恐ろしい。
 私は最近「素人のおっかけ」という趣味をやっている。気味悪がれそうなので人には言っていない、これは私だけの密かな楽しみ。職場の飲食店が外観工事をしていて、そこにやって来る鳶職人さんの一人が、とてつもなくかっこいい。
 彼が乗りつける巨大な漆黒のハイエースのルーフキャリアには大きな梯子が積んである、彼は尋常でない清潔感で作業着からお日様の匂いがする、髪はいつも洗いたてのようにフワフワ、背が高くて、肌がしっとり整っていて、生活習慣で均一的に鍛えられたボディ、目つきが悪い顔面物語、巨大梯子をいともたやすく持ちあげ器用に組み立てる様、名前もわからない様々な道具を使いこなす様、軽やかに足場を渡り歩く様、圧巻の絶景。彼の一挙手一投足に私は「ハレルーヤ!」や「ファービュラス!」と心の中で歓声と声援を送っている、私はこの絶景のおかげで終日ニコニコ、ニヤニヤ上機嫌で外を眺めており、仕事どころではない。いい男はそこにいるだけで、人を幸せにする。
 しかし残念なお知らせもある、彼は2軍です。1軍とまでは言わない、私が私なんて者が1軍相手に想いを馳せるわけがない、せめて2軍なら少しだけ許してよとでも言わんばかりに2軍、彼は、チビでもなければデブでもないしハゲでもない、じじいでもない、前歯もちゃんとある。2軍とて、5軍からすれば3階級も上のクラス。クルーザー級VSミドル級は試合にならない、それくらいわかっている。
 なので私は、休憩のコーヒーを持って行った時に彼の作業着の匂いを風下から嗅いだり、彼が一服する煙草の銘柄を盗み見て「マルボロの黒い青いやつな」と思ったり、一服する彼の副流煙を思いっきり吸い込んだりしている。勿論、話しかけたりすることはない、私が彼に発したことがある言葉は「コーヒーをどうぞ」正式には「コーヒーをどうぞ、ファビュラス」だけれど、ファビュラスの部分は端追った。 
 しかし妄想は別腹。ここまでかっこいい人が一人でいる筈がないじゃない、結婚はしているのかしら?今は結婚してないのかしら?何度結婚したことがあるのかしら?同じ顔をした子供はいるのかしら?今の奥さんは若くて健康なギャルかしら?年はいくつなのかしら?明らかに私よりは若いと思うけれど、あまり若すぎない方がいいなとか、若いけど老けて見られるタイプかしら?とか、なんていう名前なのかしら?親からなんて呼ばれているのかしら?とか、友達からなんて呼ばれているのかしら?とか、漆黒のハイエースの中ではどんな音楽を聴いているのかしら?どんな芸人さんが好きなのかしら?今年のM-1見たかしら?などと勿論勝手に妄想する。万が一にも彼が独身で彼女もいなかった場合(そんなことは絶対にないが)一縷の望み、あるのしら?(ねーよ)熟女好きかしら?(熟女的な魅力、余裕共に皆無だろ)ここ以外の場所で会ったら「こんにちわ」と言ってみようかしら?それはボーイミーツガール(訂正:青年ミーツばばあ)のきっかけになるのかしら?その場所は?コンビニ?近所のスーパー?(生活感ありすぎだよ)ホームセンター?ガソリンスタンド?図書館?(ねーよ)坂道でオレンジを転がす?
 断然ガソリンスタンドがいい。私は暇にまかせて、ガソリンスタンドで自慢の漆黒の軽トラックの空気圧チェックかなんかをしているわけ、あの謎のホースみたいなのを片手に持って、そこに例の漆黒の梯子を積んだハイエースが入ってくるわけですよ、私はハイエースのナンバープレートを覚えているからすぐに彼の車だとわかるわけ、片手に空気圧チェックの謎のホース持ったまま、この場所だったら声をかけても不自然じゃないよね「こんにちわ」私は普段着で仕事用のガブガブのジーンズにエプロン姿ではない為、彼は私に気がついていない模様「先日は外観工事でお世話になりました(容姿やファビュラスな振舞いで目の保養をさせて頂きました)ありがとうございました」ここで彼は気がつく「あっ!どうも」、というボーイミーツガール(青年ミーツばばあ)を妄想してニヤける。
 あーあ、サクラダファミリアみたいにずっと工事してて欲しいな、そのうち外観工事は終わって、私はまたニコニコニヤニヤしない日常に戻っていく。もしも、よそで会っても「すいません(勝手に眺めたり、風下から匂いを嗅いだり、副流煙を吸い込んだり、妄想をして)」とだけ言って去って行きます。卑屈な5軍が終日ニコニコしてしまうような、目の保養と妄想をありがとう、ナイスガイ。

写真注釈:牛(和牛であり、和牛ではない、5軍)。

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