今まで変えられなかった自分を変えるために
久しぶりのnoteです。前2エントリーとはテイスト違いすぎてごめんなさい。真面目に書くので限りなく本名にしてみました。あまりお気になさらずに…
6月某日、私が起こした不祥事により生活が一変してしまいました。まるでダムが決壊したかのように。
全ての原因は私にあるのは明白。だからこそもう後がない私は、これを契機に50歳にして自分は変わらなければ…と決意しました。
しかしながら変わるにあたって、まずは自分がどのような人間なのかをあらためて自分でしっかり認識しなければ、という所からのスタート(そのくらい低レベル)しました。
家族のあり方と幸せのかたち
それに伴う自分の行動を振り返ったとき
自分が如何に年齢に比して幼稚で未成熟であるかをあらためて突きつけられました。
今まで私は自分と向き合ってこなかったのです。いや向き合ってこなかったのではなく、向き合うことの意味や本質を全く理解していなかったのです。
本を読みはじめました。雑誌以外の活字をほとんど読まなかった私が(昔は小説も読んでましたが)、メンタルヘルス系や自己啓発系の本を読むようになったのです。
目から鱗ボロボロ落ちるし、胸にグサグサ突き刺さるし、そりゃあもう大騒ぎ。
以前から妻によく「なんでそんなに自己肯定感高いの?」と言われてましたが、掘り返すとむしろ私は自己肯定感がめちゃくちゃ低いことがわかりました(そしてすごいネガティブ思考)
自己肯定感が低いが故に、他者を批判、攻撃することで下がった自己肯定感の穴を埋めてきたし、現実から目をそらすために空虚なポジティブ思考をしたりしてきた結果、見方によっては自己肯定感が高いように見えていたのだと思う。
本当は他者を批判、攻撃することで自己嫌悪が募り、その結果また自己肯定感が下がるという負の無限ループ。それもわからずに一時的にでも自己肯定感を維持するために他人を傷つけてきたなんて全くもってひどいもんです。
しかも自己承認欲求を他者に依存する他者承認欲求の持ち主だとわかりさらに困惑。いわゆる他責思考の根っこはこの辺にありそう。
とりあえず現状としては全ての行動の軸足を自分において「自分は本当はどうしたいのか?」と常に向き合っていきたい。もちろんそうすることで相手がどう受け取るかも考えながら。
自分を律したり、マインドフルネスな状態に近づくためにいろいろ考えた結果…
・毎週1冊は本を読む
・週2回は軽くてもランする
・週に1本はnoteを書く
この辺りはサボらず続けていきたい
この他
・仕事以外の仲間をつくる
というのも付け加えたい
※三日坊主に終わらないように自らの戒めとして…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?