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【思い出】ゲロ吐くまで走らされた話

あれは中学校1年生の頃の話です。

中学校1年生というのは身長がとても小さく、まだまだ幼さが残る時期です。

当時の私は小さく、そして細い子でした。

しかし中学生というのは成長期の時期です。

身長は伸びる一方でした。

成長の初期というのは、骨の発達に筋肉が追いつきません。

私も例にもれず、私の両手両足は、まるで小枝を連想させるような細さでした。

しかし、若い私は何にでも「本気」で取り組みました。

「ランニングをしろ」と言われれば、細すぎる両手両足をめいいっぱいに振りながら走り回りました。

先生も、にこやかな表情で私を眺めました。

ああ、この子はとにかく前進したいんだろうなぁ。と。

そう思わせるほどの必死さと鬼気迫る表情が、私にはありました。

とにかく、「今」を全力で生きていた私。

そんな私を、先輩は虎視眈々と狙っていたのです。



ある日の放課後、私の通るいつもの下校道に、体格の良い先輩がたまっていました。

そして、私を見るやいなや道を塞いできたのです。

真っ黒の学生服を着た先輩の集団。

その中でも、特に筋肉が異常発達した先輩が私に声をかけてきました。

「おい。明日の朝7時に駅伝部の練習に来い。」

私は何を言われたのかわかりませんでした。

恐怖と混乱で脳が痺れていたのです。

しかし、どうやら私の「必死なランニング姿」を見込んでスカウトに来たようです。

私は、パチパチと点滅する視界の中、ただ「わかりました」と答えるしかありませんでした。


翌朝、私は朝7時に学校に招集されました。

周りには、足腰が隆起した先輩たちが一堂に会していました。

え?ほんとに中学生?

私が目を疑っている間にも、ウォームアップは着々と進んでいきます。

まるで肉料理の下処理をされている気分でした。

そして、無言のままスタート地点に歩いていく一同。

誰も笑わず、誰も喋らず、ただただスタート地点まで歩いて行きました。

スタート地点まで来ると、私たちは隊列を組まされました。

この列を乱さないように走らなければなりません。

「もう走るの?」と辺りをキョロキョロとしている私を尻目に、バイクに乗った伴走者が言いました。

「それでは今日は6㎞です。よーいスタート。」

6キロ??

私は耳を疑いましたが、前に並んだ人々がどんどん走り始めました。

私も置いていかれないように走り始めました。

しかし練習量というのは偉大なようです。

素人と玄人の差が顕著に表れました。

私の死ぬ寸前の表情とは対照的に、彼らはまるで無表情だったのです。

私の心がポキッと折れる音がしました。

もはや数キロ進んだときには、限界を超えていました。

肩で息を切らし、太ももは痺れていました。

眠たい目をこすっていた1時間前と、今のこの状況を比べてしまい、何度も何度も現実を呪いました。

もう無理だ。

私は列から逸れ、脱落しようと試みました。

私を追い抜いていく後続の人達。

「これでいい、早く追い抜いてくれ」と思っていた矢先、1人の男性が近づいてきました。

熱い視線で私を見て、彼は言いました。

「おい!諦めるな!お前ならいける!」

情熱に溢れた先輩が、私を鼓舞しにやってきたのです。

彼は私の背中を押し、強制的に走らせ続けました。

人間には何のために限界があるのか、彼には分かっていないようでした。

私は急激に加速しました。

ウサインボルトのように肩で風を切り、魔法のような復活を果たしました。

10秒後にゲロを吐きました。

そのゲロは、涙の味がしました。


その後、私は脳が思考を停止し、気がついたら駅伝部に入部していました。

人というのは恐ろしいもので、このような経験を「笑い話」に昇華してしまいます。

無理は良くない! というのは常識ですが、無理をしたエピソードというのはなんとも味わい深いものです。


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