青く、そして蒼く。書評
青く、そして蒼く。 は友人である澄江スミスさんが書いたドクターフーの二次創作小説です.本稿は,頒布に合わせて書かされた書評という名の販促,の再掲版です.是非とも手にとってかみしめてほしい.そろそろ在庫僅少なんですって.
まず始めに,僕はほとんど同人誌を読んだことがない.自分で書いた文章すら,一度完成と決めたら最後,読み返さない.だから「同人誌のスタンダード」や作法を全く知らないし,比較対象もない.今回の書評は「青く、そして蒼く。」(以下「本作」と表記する)をそのまま捉えて,広い購買層を見据え勧める,セールス・トークとしての試みである.そこで本作を,創作としての新規性,作家の持つ独創性,潜在的読者への訴求力,前提知識がなくとも楽しめる自立性,大きく4つの観点から振り返ることにしよう.
本作は10代目ドクターの最期の瞬間から,11代目ドクター最初の冒険を追随するように描かれる.時の終わりpart2,11番目の時間,この二つのエピソードを主軸にして,10代目に自らの死を認めさせる物語だ.読者にとっては大枠の物語が既知でありながら,仔細な独自要素を散りばめることで、重複がもたらす蛇足感を解消している.
1.新規性
真っ先に挙げておくべきは,死の視点である.
医師エリザベス・キューブラー=ロスの著書「死ぬ瞬間」(On Death And Dying, 1969)によれば,「”遺された側”が辿る死の受容のプロセスは,否認→怒り→取引→抑うつ→受容の5段階である」という.昨今では映像作品でも何かと取り沙汰され,馴染みのある方も多いことだろう.
では,他方の”死んだ当人”は,いかに自らの死を受け入れるのか.死後にも意識が残存するのであれば,”遺された側”と同様に困惑し,嘆き,未練を抱くのだろうか.本作の起点は,おそらくこの辺りにある.怨霊となり心のバランスを逸するような描写であれば,ホラー作品に散見される.が,本作は死者が己の精神を保持したまま,自らの死に直面する.タイムロードの生態を持ってして初めて想像される,現実の人間には体験できない視点で,死そのものに正面から向き合うのだ.
2.独創性
作家 澄江スミス(すみのえ すみす)とは何者か.僕が知る限りでは,彼女の作品の魅力は,叙情的表現の美しさ・切実さに集約される.ややもするとクドく過度に感傷的にもなりそうなものだが,内面の機微を克明に吐露する場面でこそ,彼女の筆は躍る.本作では10代目が本来ならばごまかし,隠し立て,虚勢を張るような場面でも,本音を語り続ける.秘匿する相手が存在しない,あくまで自らとの対話である.映像では滅多に現れず語られない,内面の揺れ動く様をありありと描いている.
本作は同時に,10代目と11代目のキャラクタースタディでもある."ドクター"は精神性の核を同じくしながら,代ごとに明確な差異を内包している.着目点のクセがズレを見せ,解決の手法も異なり,物事への姿勢は変わっていく.映像で顕在化しない「ドクターとしての成長」も静かに現れる.
この二点は,著者がとにかく広範にわたる本編を入念にリサーチし,適切な分析・解釈を与え,ようやく可能としたものである.独自解釈だからと匙を投げず,本編との乖離を最小限に抑えて,「10代目ならこう考える,11代目ならこう言う」と読者を頷かせる言動が続く.二人のドクターを適切に対比させることで,根幹たるドクター像・10代目の特性・11代目の特性,三つの人格の同定を確かなものにしている.
3.訴求力
主要読者として想定されているのは,10代目のファンであろう.2010年のテナントがそのまま演じ続けているような,丁寧な描写に心が踊るはずだ.とはいえ,10代目との別れで打ちのめされ,次のエピソードを見る気力を失ったひと,11代目から参入したために10代目に立ち返ることにギャップを覚えるひと,どちらにも訴えかける魅力がある.11代目の活躍を間近で批判し,補佐し,見守る10代目を通して,どちらが"マイドクター"でも楽しめる仕組みである.
また,本編をS1-S11まで視聴している諸兄なら,散りばめられた小ネタの出典元がわかるだろうし,翻案の妙に笑みが止まらないことだろう.
4.自立性(二次創作である以上,元ネタから離陸してしまったら意味がないので,じゃあ自立性とは,って話にもなるけど)
ターディスとソニックスクリュードライバー,タイムロードの生態,程度の前提知識が求められる.
まるでドクターフーを知らない場合「自分が死に,別の人格が肉体の後を継ぐ」物語が展開することになる.核心のテーマは極めてエモーショナルな内省の思索だから,特殊な用語に馴染みがなくとも骨子や主張は理解できよう.
ある程度ドクターフーを認知していて,該当エピソードは見ていない場合,「交差する2つの新たな冒険」をフレッシュに楽しめるはず.
出典元を視聴済みならば,映像の隙間を縫う補間の巧みな手腕に唸ることだろう.本文中で言及されたりほのめかされた場面を確認したくなるのも,本作ならでは.
ドラマの設定を可能な限り踏襲して描かれる「ほんの少しのif」に注目されたい.
さいごに
本作は,10代目との別れに打ちのめされ,次に進めなくなった人にこそ読んで欲しい.全く落ち着きのないお兄ちゃんが現れ,面を食らってしまった,そんな印象で立ち止まっているみなさん,本作を読んで,前に進もう.10代目のこころは,11代目の中に息づいているのだ.
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