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蕁麻疹(じんましん)の治療に、注射は本当に必要なのか?

※本稿は、2004年9月に私設ホームページで公開した論考の転載です。

インターネットのニュース速報を見ていました時、「蕁麻疹の治療の注射ミスで、 10歳女子寝たきり状態となる。医師は無罪を主張。」という裁判のニュースが目に入 りました。塩化カルシウムの静脈注射をするところを、間違えて塩化カリウムを注射 してしまったという、とんでもない事例です。塩化カリウムを静脈注射しますと、不整 脈が生じ心停止となります。余談ですが、医学生の頃、実験に使用したウサギを安楽 死させるために、塩化カリウムを静脈注射したことがあります。ウサギは注射後、あ っというまに死亡してしまい、びっくりしたことを思い出しました。

 このような非常識な事例はともかくとして、「そもそも蕁麻疹の治療に静脈注射は 本当に必要なのか?」という疑問が、私には昔からあります。蕁麻疹の治療に静脈注射 を使用しなければ、このような医療ミスは生じないのです。私の個人的印象ですが、 内科医、外科医は蕁麻疹に対して静脈注射を多用する傾向があるように思われます。 特に、開業医や小規模病院ではその傾向が強いように感じます。皮膚科医の場合は、 静脈注射を多用する医師と、そうでない医師にわかれるように思われます。

 私自身は、蕁麻疹の治療では、原則として静脈注射はしないことにしています。年 に数回くらいは、ひどい蕁麻疹で注射を希望する患者さんがみえます。その場合は 静脈注射ではなく、抗ヒスタミン薬の筋肉注射をすることにしています。ほとんどの 場合は、これで改善します。それでも改善しない場合が、ごくまれにあります。このような場合は、ステロイドの内服あるいは注射をしますが、これはあくまでも例外的な 治療と考えています。なお、蕁麻疹の重症型であるアナフィラキシーショックが疑わ れる場合は、はじめからステロイドの静脈注射(診断確定した場合はボスミンの皮下注射)を行います。

 強力ネオミノファーゲンCは、実際の医療の現場で蕁麻疹治療の静脈注射でよく 使用されている薬剤です。昔は、私もこの注射を使用したことがあります。かゆみを止める効果は、そこそこはあるように感じました。 ただし、この注射は有効ではありますが、「どのようなメカニズムでかゆみを止める効果があるのかは、よくわかっていない」と言う話 を先輩医師より聞いた記憶があります。問題なのは、この注射の場合、頻度はかなり低いですが、副作用としてアナフィラキシーショック(蕁麻疹の重症型) が生じることです。アナフィラキシーショックは、最も危険な副作用の一つです。 発症後、適切な治療を早急に開始しませんと、死亡したり、寝たきりの状態となったりします。 実を言いますと、私が蕁麻疹の治療に静脈注射を使わなくなったのは、この危険な副作用 の報告があるためなのです。 皮膚科医になりたての頃、「蕁麻疹のような生命の危険のない病気に、頻度は低いとはいえ重篤な副作用が生じる可能性のある注射を使用しなければならない必然性はあるのか?」 という疑問をもちました。そのため、私はできるだけ注射をせずに蕁麻疹の治療をする ように心掛けてきました。そして何年もその方針で治療を続けていくうちに、「蕁麻疹の治療に、静脈注射は原則必要ない。」 という確信を持つようになりました。

 では、現在の日本の皮膚科での蕁麻疹の標準的治療では、静脈注射をどのように 位置づけているのでしょうか?

   南江堂という出版社から、2年に1度、「皮膚疾患最新の治療」とういう医学書 が出版されています。この本では、改訂版ごとに各皮膚疾患を担当する皮膚科専門医が変更されます。日本での蕁麻疹の標準的治療がどのようなものかを調べるには適 切な医学書と言えます。手もとにある過去に出版された6冊の、蕁麻疹の治療の部 分をチェックしてみました。注射に関しては、重症化した場合のステロイドの使用 を除きますと、たったの1冊のみに強力ネオミノファーゲンCについて記述がありました。 塩化カルシウムの注射についての記述は全くありませんでした。ちなみに、 治療マニアル(医学書院)で調べますと、塩化カルシウム注射液に蕁麻疹の保険適用 の記述はありません。すなわち、国は塩化カルシウム注射液を蕁麻疹の治療薬とし て公式には認めていないわけです。強力ネオミノファーゲンCには、保険適用が認 められています。蕁麻疹治療の第一選択薬としては、どの筆者も抗ヒスタミン薬あ るいは抗アレルギー薬の内服としています。つまり、通常の蕁麻疹の初期治療は、 抗ヒスタミン薬あるいは抗アレルギー薬の内服で十分なのです。注射は必須ではありません。なお、急性蕁麻疹の場合は、その原因が食物あるいは薬物の場合があり ますので、原因検索も重要です。

 あなた、あるいはあなたの家族が、蕁麻疹で医院を受診した時、何の説明も なくいきなり注射の指示がでるようなら、断固注射は拒否しましょう。注射をせず に、のみ薬だけで治療してくださいとお願いしてみましょう。それでも、医師が注射 をしようとするなら、「過去に蕁麻疹のために注射をして気分が悪くなったことが ある。」と嘘をついてみてください。嘘も方便です。それで、ほとんどの医師は、 注射をやめるはずです。この時点におよんでも、まだ注射が必要だと医師が主張 するようであれば、その医師は間違いなくやぶ医者です。治療を拒否し、診察料 のみ支払って、別の医療機関へいきましょう。通常の蕁麻疹ならば、少しくらい 治療がおくれても、命に別状はありません。自分の命は、自分で守るしかないの です。

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