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星月夜に想う

 〈星月夜〉という季語がある。

 〈ほしづきよ〉とも〈ほしづくよ〉とも読む。一見すると、星と月の美しい夜という意味の語のようだが、実は、「星の光が月のように明るい夜」(新明解国語辞典 第七版)という意味である。新月のころ、澄んだ秋空に輝く満天の星のことなのだ。

ことごとく出て相触れず星月夜 鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)
古井戸の底の光や星月夜 内田百閒(うちだ ひゃっけん)

 国語講師という職業柄か、星月夜の語の成り立ちに心惹かれる。星のまばゆさを言うのに、わざわざ秋の名月の美しさを経由して、表現したのである。星月夜の晩、月はそこに出ていないのに、確かに思い出されているのである。

 そういえば、〈無月〉という季語もある。中秋の名月の夜、曇って月が見えないことをいう。

欄干によりて無月の隅田川 高浜虚子(たかはまきょし)
クレヨンの月が匂ひて無月かな 田尻(たじり)すみを

 不在にして思われる。これらの句を味わうとき、詩情における月の存在感を噛み締める。


 この夏で、夫と出会って十年になる。二十代後半の恋ということもあり、私はとかく結婚に焦っていた。ただ、私が何を言おうと、暖簾に腕押し、お茶を濁され続けた。

 「これはずっと独身かもしれない」と覚悟を決めた私が、忙しく仕事を入れるようになって半年、「あなたのいない毎日はつまらない」とプロポーズされた。彼はI love youの人でなくI miss youの人だったのだ。


 この春・夏、コロナ禍により、公私ともども多くの予定が吹き飛んだ。紙切れとなったチケットを見て、何度ため息をついただろう。友人、塾の生徒たち、カルチャースクールの講座をご受講の皆さん――会えない人たちの顔を思い浮かべる。一方で、惰性で続けていたことは、これを機にフェードアウトしてしまいそうな自分がいる。

 そうして自分自身、残酷な峻別をしながらも、
“私はいったい幾人から〈不在にして思われた〉んだろうか”
と感傷的に考えてしまうのは、秋の星月夜だからかもしれない。

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きむらっちょさんによる写真ACからの写真です。

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