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■アルティメット・スパイダーマン ・パワー&レスポンシビリティ

■Ultimate Spider-Man: Power & Responsibility
■Writer:Brian Michael Bendis
■Penciler:Mark Bagley
■翻訳:権田アスカ
■監修:idsam
■カラー/ハードカバー/1,999円■ASIN:B0BQ7NTV48

「マーベル グラフィックノベル・コレクション」第25号は、2000年に創刊された全く新しい『スパイダーマン』のシリーズである『アルティメット・スパイダーマン』の第1巻目をリリース。
 収録作品は、『アルティメット・スパイダーマン』#1-7。創刊号は通常の倍のページ数だったので、実質8話分が収録された、お得な内容となっている。

 ちなみに、「マーベル グラフィックノベル・コレクション」では、続巻の『ラーニング・カーブ』編以降は翻訳されず、色々過程をすっ飛ばして2010年末からのストーリーライン「デス・オブ・スパイダーマン」が単独で刊行される(第87号)。

 ちなみに日本では、2004年に、かの新潮社が邦訳アメリカン・コミックスの出版に手を出していて、その看板作品として『アルティメット・スパイダーマン』を毎月リリースしていた。

 こちらはその第1巻。『アルティメット・スパイダーマン』#1-3を収録(同シリーズは、各巻あたりの収録内容が3、4話程度と短く、だいたいオリジナルの単行本を2分冊にして出しているような具合だった)。

 この新潮社による「アメコミ新潮」レーベルは、約1年で終了し、『アルティメット・スパイダーマン』は、第11巻で刊行が終了した。トータルでは、『アルティメット・スパイダーマン』のオンゴーイング・シリーズの#1-39までが邦訳された。

「マーベル グラフィックノベル・コレクション」版で興味を持ったら、こちらの古本を買って読み進めるのもいいかもしれない。

 なお、アメコミ新潮は、色々とフォーマットを試行しており、

・マンガ家の環望の監修のもと、コミック本編の描き文字(オノマトペ)を日本語にする(『アルティメット・スパイダーマン』誌はデジタルでオノマトペを入れていたので、容易に差し替え可能だった)。

・当時隆盛を始めていた、いわゆる“コンビニ本”として、印刷をモノクロにした廉価版を刊行する。

 といったこともしていたが、まあ、そうした工夫はさほど売り上げには影響しなかった模様。

 ちなみに当時、筆者が出入りしていた、神楽坂在住の個人のデザイナーが、このアメコミ新潮のデザインもしており、いくらかの内輪の話(「マーベルからは文字レイヤーが別になっている入稿データをもらっているので、オノマトペの差し替えはそれほど手間ではない」とか)を聞きつつ、「まさか、立地でデザイナーを選んでないよな?(新潮社の本社は神楽坂)」と思ったものだ(どうでもいい)。


 さて、そもそも本シリーズは、2000年当時のマーベル・コミックス社のパブリッシャー(出版人。要は出版部門で一番偉い人)であるビル・ジェイマスが発案した。

 このジェイマスは、元々はナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)のライセンス関連の部門に勤めていて、在籍中に(当人曰く)「バスケットボールのトレーディングカード市場をゼロから立ち上げ、数百万ドルもの規模に育て上げた」、敏腕ビジネスマンだった。

 やがて1993年、ジェイマスはトレーディングカードの会社であるフリーア(当時はマーベル・エンターテインメントの傘下)の社長となり、さらには親会社であるマーベル・エンターテインメント・グループの副社長ともなる。

 なお、その後1996年、マーベルは多角経営(コミック出版に加え、トレーディングカード会社や玩具会社トイビズを買収し、さらにはコミック流通業者も買収しようとしていた)が裏目に出て倒産。会社更生のために子会社のフリーア/スカイボックス(イケイケだったころのマーベルが、トレーディングカード販売のフリーア社とスカイボックス社を買収して悪魔合体させた子会社)も売却されることとなるが、ジェイマスはマーベルに留まる。

 で、マーベルのお偉いさんは、ジェイマスを得意のライセンシー部門に据えようとしたが、なぜかジェイマスはそれに反発。デジタル&出版部門への異動を希望し、やがて2000年1月にマーベル・コミックス社のパブリッシャーの座に就く。

 そしてジェイマスは、パブリッシャー就任の初月に、マーベルの各オフィスやライセンシー、コミックの小売店を巡り(偉いことだ)、いずれの現場でも共通認識として、「今のマーベルのコミックは、ティーンの読者を得られていない」と考えていることを知った。

 別のインタビューによれば、ジェイマスが当時の人気コミック情報誌「ウィザード」の発起人ガレブ・シェイマスと腹を割って話をした際に、「マーベルのキャラクターは、ティーンにとっては古臭く“ヨボヨボのジジイ”も同然であるため、興味を持たないし、金も出さない」という弱点を指摘されたらしい。

 また、ジェイマスがマーベルの現場に「君らは何がしたいかね?」と聞いて回った際に(これも偉い話だ)、彼らは異口同音に「まだ子どもの頃の『スパイダーマン』のコミックをやりたい!」と言ったらしい。

 そこからジェイマスは「若い読者が入ってきやすい、まったく新規のコミックのシリーズを、ティーンの頃のスパイダーマンを主役に据えて、展開すれば万事解決では?」というアイデアを思いついた。単純なアイデアだが、まあ、世の中は時として単純なアイデアが市場に深く切り込む時もある。ジェイマスのアイデアも、そんなものだった。

 で、ジェイマスは当時のマーベルのやり手編集者ジョー・カザーダ(当時「マーベル・ナイツ」レーベルを大ヒットさせており、やがてマーベルの総編集長に出世する)ら、各編集部の面々を呼びつけ、自分のアイデアを自信満々に語った……が、彼らは当初ジェイマスが何を言っているのか理解できず、「お偉いさんの適当な思い付き」だとみなしたらしい。

 その中で、カザーダは多少はジェイマスの言わんとすることを理解できたが、彼にしても「スパイダーマンのリメイク」というアイデアには反対だった。

 なんとなれば、マーベルはその2年前に、『スパイダーマン』の歴史をリメイクしつつ、若い読者の獲得を目論んだリミテッド・シリーズ、『スパイダーマン:チャプター・ワン』(12/1998-10/1999)全12号を展開したものの、商業的にも作品内容的にも大失敗していたからだった。

 上記がその単行本。リミテッド・シリーズ全12話+#0を収録。自社の歴史の汚点となっている作品も、こうして電子書籍として残しているのは、割と偉いことだと思う。

 この『スパイダーマン:チャプター・ワン』は、1986年にDCコミックス社が刊行したリミテッド・シリーズ『マン・オブ・スティール』において、スーパーマンのオリジンのリメイクに大成功していた経歴を持つジョン・バーンを連れてきて、『スパイダーマン』でも同様のことをさせる、という志の低い企画だった。

 ……が、『マン・オブ・スティール』から十数年が経過して、スッカリ才能が枯れてしまっていたバーンに書かせた/描かせた(※両作においてバーンはライターとアーティストを兼業)のでは、大成功できるはずもなかった。

 結果、同作は今では、本来のマーベル・ユニバースとは異なる、平行世界「アース-98121」で起きた物語だとされている。よその世界の話であれば、いかに愚作であろうと問題はない、という訳だ。

 そんな事情もあって、当初カザーダは、まったくのリブートではなく、「ピーター・パーカーの甥っ子」あたりを新ヒーローにするという、あたりさわりのない企画を提案したが、ジェイマスは受け入れなかった。

 最終的にカザーダは、この企画を「既存の『スパイダーマン』の世界観」あるいはその過去に混ぜ込まず、独立した世界観にすることを思い立つ(割と当たり前な判断に思えるが、長らくコミックの制作に関わっていると、こういうアイデアは案外思い浮かばないものである)。

 またカザーダは、この物語を(『チャプター・ワン』のように)過去の『スパイダーマン』の物語やガジェットを現代的なものに置き換えただけ(例えば、オリジナルの物語では顕微鏡を欲しがっていたピーターが、コンピューターを欲しがるような、小手先だけの改変)ではなく、そのエッセンスを汲みつつも、全くの新しい物語にすべきだと志向した。

 でー、カサーダがその辺の基礎固めを思案しているのと前後して、彼はマーベルの総編集長(現場で一番偉い人)に出世し、もはやどうにでも企画を動かせる立場に就けたことで、『アルティメット・スパイダーマン』の企画は本格的に始動する。

 余談ながらジェイマスは、この企画を元々は「グラウンド・ゼロ」と呼んでいた──まだアメリカ同時多発テロが起きる前のことである。

 んで、実際にこの企画にふさわしい作家たちを集める段になり、カザーダは上述したような「過去の焼き直しではない、全く新しいスパイダーマンの物語」を送り出すためには、マーベルのおなじみのライター陣以外の才能を汲み上げるべきだと考えた。

 やがてカザーダは、中規模出版社のイメージ・コミックス社(当時は才能ある作家のオリジナル作品の流通を引き受ける活動でも注目されていた)で、グラフィックノベル『トルソー』(1930年代にクレーブランドで活動していた、遺体の胴体(トルソー)だけを遺棄する実在の連続殺人犯をテーマにした話)を手がけていたブライアン・マイケル・ベンディスに白羽の矢を当てた(ティーンが主役の『スパイダーマン』のライターを探していたジェイマスのオフィスに、「このティーンを殺しまくるシリアルキラーの話を読んでくださいよ!」と、『トルソー』を持ち込んできた……というのが当時のインタビューでのジェイマスの持ちネタだった)。

 ちなみに『トルソー』は、ベンディスとマーク・アンドレイコ(後年、DCコミックスで女性検事が主役のヒーローもの『マンハンター』などを手掛ける)との共著で、アートはベンディス自身が担当。細かく細かくコマを割って、登場人物らがダラリとした会話を繰り広げる「ベンディス式作劇」はこの頃からのものである。

 リンクは、2022年にダークホース・コミックス社から刊行された『トルソー』の新装版単行本。


 でもって、この新鋭ブライアン・マイケル・ベンディスと組ませるアーティストとして、(十中八九、カザーダの提案を受けて)ジェイマスが起用したのは、1990年代初頭に『アメイジング・スパイダーマン』誌のアーティストを長らく務めていた職人(その気になれば週刊ペースで原稿を上げられるくらい手が早い)、マーク・バグリーであった。

 なぜ当時気鋭のアーティストではなく、マーベルで長年『スパイダーマン』を描いていたバグリーにアートを任せることにしたかは、おそらくは「水準以上の原稿を、締め切り通りに上げられること」という、クオリティの維持を優先したためだろう。

 この後刊行された、姉妹誌『アルティメットX-MEN』誌のアーティストも、1990年代に『X-MEN』関連誌のアーティストを長らく勤めてきたアダム・キューバ―トが起用されたところを見るに、この辺は意図的にベテランアーティストをピックアップしていたようである。

 ていうか、それに続く『アルティメッツ』が、気鋭のアーティストのブライアン・ヒッチを起用したものの、野郎が締め切りをブチ破りまくってスケジュールがグダグダになったのを鑑みるに、彼ら「普通に締め切りを守れるベテラン」の起用は大正解だった(逆に言えばなぜブライアン・ヒッチを使い続けたのか)。

 ちなみにインタビューによれば、当時のバグリーは、「また」スパイダーマンを描く気はなかったし、『チャプター・ワン』が最低の評価を受けているのも知っていたので、リメイク作品をやる気もなかった。そもそもブライアン・マイケル・ベンディスという“若造”のことなぞ知らなかったという。

 が、ボブ・ハラス(カザーダの前の総編集長)に脅され、さらにビル・ジェイマスに熱烈なラブコールを送られ、ついに受けてしまったのだという(※これらはインタビューで冗談めかして言っていたことなので、あまり真剣に受け取らないこと)。

 で、ベンディスをオフィスに招いたジェイマスは、「君のインディーズ出身の奇妙な作風と、彼のメインストリームで培った職人気質の間を取れば、非常に素晴らしいものになると僕は思うんだ」と言ったそうだ。まあ、割と的を射ている気はする。

 他方、ベンディスは、これまでのコミックの様式に囚われない、新しいスタイルのコミックを送り出そうと試み、ナレーションやモノローグ、長い説明セリフといった、コミックの物語を円滑に進めるお約束的な手法を一切使わず、その分、キャラクターの感情の描写などにコマを費やすことにした。

 また、どうやらジェイマスは、当初は1話完結のペースを求めていたらしいが、逆にベンディスは6話ほどかけて1エピソードを描くくらいのペースを望み、了承された。

 するとジェイマスは、「6話目まで、ピーター・パーカーにスパイダーマンのコスチュームを着せるな」と指定した。その話を聞いたベテラン編集者の多くは「これでこの企画は失敗する」と思ったらしいが、ベンディスの卓越した筆力は、スパイダーマンを登場させないまま、各話のテンションを維持し、その予測を覆すこととなった。

 一方でバグリーは、当初は「随分とゆっくりしたペースで話が展開するのだなぁ」と、呑気に構えつつ、原稿を仕上げていった。

 ともあれ、『アルティメット・スパイダーマン』は創刊された。

 全米のコミックショップから入った、創刊号の注文部数は、5万4千部程度で、これはその月のランキングでは15位の数字だった(1、2位の『アンキャニィX-MEN』、『X-MEN』で11万分程度)。

 これはまあ、『アルティメット』という新規レーベルがそれほど期待されておらず、とはいえ創刊号なので、ご祝儀で『X-MEN』の半分程度の部数は発注しておこうか……的な、小売りの様子見気分が反映された数字と言える。

 が、フタを開けてみれば、『アルティメット・スパイダーマン』は読者に好評を持って迎えられ、コミックショップの棚から瞬く間に消え失せた。なので小売店はマーベルに再発注をかけ、マーベルはセカンドプリント、サードプリントと、新たに刷った『アルティメット・スパイダーマン』を出荷していった。

 ただし、セールスランキングの数字は、あくまで最初の受注の数字のみであるため、これら再出荷分の部数は反映されることはなかった。が、多くの小売りは『アルティメット・スパイダーマン』を「次に来る作品」だとみなし、次号以降の発注部数を増やしていった。

 ……ちなみに創刊号の店頭での人気が高くて、じゃ、次から受注を増やすか、って流れになった場合、タイミング的に2号の受注締め切りは過ぎてしまっているので、盛り上がった人気に比して2号が出回らず、入手に苦労する……という現象が、この当時(1990年代後半~2000年代前半)よくあった(年寄りの回想)。電子書籍もなく、単行本もめったに刊行されず、紙のコミックブックを買い揃えるのが大事だった時代の話だ。


 他方、ジェイマスは、自分の作品(ジェイマスはライティングの実作業は特にしていなかったが、『アルティメット・スパイダーマン』#1に「STORY」担当として、ベンディスと連名で自分の名前をクレジットさせていた)の好評に気をよくしつつ、『アルティメット・スパイダーマン』がもっと売れるように張り切った。

 まずジェイマスは、大手スーパーチェーンのウォルマートや、玩具販売チェーンのケイビー・トイズなど、普段コミックを扱わない小売店にも出荷し、『アルティメット・スパイダーマン』が露出するよう働きかけた。──結局、コミックブックというものは、新聞スタンドとコミック専門店にしか流通しないので、この戦略は適切と言えた。

 その一環としてジェイマスは、ペイレスシューズ(靴販売店)用の景品として『アルティメット・スパイダーマン』1号を50万部用意し、靴を買ったお客にタダで配らせた。

 のちには雑誌「ニューヨーク・ポスト」の付録に、姉妹誌『アルティメットX-MEN』をつけたりもしたし、後年(2002年5月)に開催された第1回の「フリー・コミックブック・デイ」(その名の通り、普段コミックを買わない層をコミックショップに呼び込むため、コミックを無料配布する企画)でも、『アルティメット・スパイダーマン』創刊号をあらためて配布しまくった。

 その上ジェイマスは、『アルティメット・スパイダーマン』誌のライセンスを希望する業者らにも同誌のサンプルを配りまくった。ジェイマスによれば、それらサンプル版の刷り部数だけで800万部を数えたという。


 と、まあ、そんな訳で、『アルティメット・スパイダーマン』誌は、『スパイダーマン』のリメイクという話題性、ベンディス&バグリーコンビによる水準以上のクオリティでコミックファンに好評を博し、その上マーベルのパブリッシャー自身による激烈なプロモーションが合わさり、大ヒット作品となった。実にめでたい話だ。

 で、この『アルティメット・スパイダーマン』誌の人気を追い風に、2000年末に創刊されたアルティメット・レーベル第2弾『アルティメットX-MEN』は、元々のX-MEN人気も合わさり、いきなりその月の売上ランキングのトップを獲得し、本家『アンキャニィX-MEN』&『X-MEN』を上回る注文(約11万部)を叩き出した。

※ちなみに『アルティメットX-MEN』は、本来ならばもっと早い時期に創刊される予定だったが、カザーダの提案するライター候補者とそのストーリー草案に対し、ジェイマスが頑として首を振らず(ジェイマスお気に入りのベンディスもストーリー草案を書いたが、ジェイマスはそれすらボツにした)、創刊が遅れに遅れた。その後、DCコミックス社でチームものの『オーソリティ』で人気を博していたマーク・ミラーを招いてようやく始動できた。


 かてて加えてジェイマスは、『アルティメット・スパイダーマン』をもっともっともっと売ろうと考え、「単行本」というスタイルを押し出していくこととした。

 今でこそコミックブックは(よほど売り上げが悪くない限りは)、エピソードの区切りごとに単行本にまとめられるようになったが、この2000年当時は、コミックの単行本なんてのは、DCコミックス社の大人向けレーベル「ヴァーティゴ」の人気作品か、この時期大きく伸びていた「マンガ」の単行本(当時はダークホース・コミックス社の『子連れ狼』の単行本が大人気だった)がコンスタントに発売されている程度で、ヒーローものコミックの単行本は、『X-MEN』『スパイダーマン』クラスの人気作品や、ヒットしたエピソードでないと刊行されなかった(それにしても著名なエピソードを抽出して単行本化するケースが多く、創刊号から順番に収録する、というスタイルは珍しかった<いや、なくはなかったが、ヘル高いハードカバーの『マーベル・マスターワークス』か、ヘル安い紙にモノクロで印刷した廉価版の『エッセンシャル』シリーズと、極端なフォーマットの者ばかりだった)。

 しかも、それらの単行本は、あまり一般書店には流通せず、主にコミックブック専門店に流通してたので、5千部程度しか刷られていなかった。

 そうした状況の中でジェイマスは、己の傑作である『アルティメット・スパイダーマン』を売るために、大手書店チェーン、バーンズ&ノーブルと接触し、各チェーンに単行本を置かせてもらう契約を取り付け、マーベルの単行本の販路を大きく拡大させた。

 結果、『アルティメット・スパイダーマン』のみならず、他のヒーローものコミックの単行本も、それなりに一般書店に並ぶようになった。これは快挙だった(ジェイマスというパブリッシャーの一番の功績だと思う)。

 結果、翌年に刊行された『アルティメット・スパイダーマン』の単行本は、コミック専門店での流通に限っても(※一般書店流通のデータは開示されていない)、同年で2番目の売り上げを記録する売り上げを叩き出した(1位はアレックス・ロスの大判描き下ろし単行本『ワンダーウーマン:スピリット・オブ・トゥルース』)。

 こちらが『スピリット・オブ・トゥルース』の電子書籍。超画力の持ち主のアレックス・ロスがそれなりに長い年月をかけて1冊の本を描き下ろしていく、『ワールズ・グレーテスト・スーパーヒーローズ』シリーズの1冊(ライターはポール・ディニ)。絵がすごい(語彙力)。


 そんな訳で、『アルティメット・スパイダーマン』は、コミックファンから好評を博した上に、パブリッシャーの推しによってコミックファン以外にも法外の知名度を獲得。一時は本家『アメイジング・スパイダーマン』以上の発注部数を叩き出し、2000年代初頭を飾るヒット作となった。

(そうした流れを受け、本家『アメイジング・スパイダーマン』誌の方も2001年中ごろから、それまでのベテランライター、ハワード・マッキーに替えて、気鋭の作家J・マイケル・ストラジンスキーを起用し、シリーズの活性化を試みている)

 なお、マーク・バグリーは『アルティメット・スパイダーマン』1号の大評判を聞いてもなお、「6号を描いたら降りる」と考えていたが、やがて、ブライアン・マイケル・ベンディスというライターが、案外に組んでて楽しい作家であることに気付き、もうしばらく続けることにした。

 ……というか、その後マーク・バグリーは、『アルティメット・スパイダーマン』#110まで、実に10年近くもの間、ブライアン・マイケル・ベンディスとの仕事を続けた。

 ちなみに「同一のライター&アーティストによる同一タイトルの長期連載」の記録は、かのスタン・リーとジャック・カービーによる『ファンタスティック・フォー』の連載(全103話)がそれまでのトップだったが、ベンディス&バグリーの『アルティメット・スパイダーマン』の連載はそれを7号分、塗り替えることとなった。

 なお、#110刊行前後のインタビューにおいてベンディスは、「スタンとジャックは『ファンタスティック・フォー』の連載を通じて、マーベル・ユニバースという宇宙を創造した。我々のしたことは、『スパイダーマン』のいくつかの話をパクっただけだ」と謙遜し、バグリーも「まさしく」と同意している。

 ……いい加減、長くなったので、今回はここまで。
  
  

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