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HIVと悪性腫瘍

HIVと悪性腫瘍の関連性は、HIV/AIDS流行の初期から注目されてきました。抗レトロウイルス療法(ART)の導入以前は、カポジ肉腫や非ホジキンリンパ腫などのAIDS関連悪性腫瘍(ADC)が主な問題でした。しかし、ARTの普及により、HIV陽性者の生命予後は大きく改善し、悪性腫瘍の発生パターンも変化してきています。

現在、HIV陽性者における悪性腫瘍は、死亡原因の主要な合併症となっています。ADCの発生率は減少傾向にありますが、非AIDS関連悪性腫瘍(NADC)の重要性が増しています。HIV陽性者の長期予後改善のためには、悪性腫瘍の適切な管理が不可欠であり、HIV診療に携わる医療者はこの問題に十分な注意を払う必要があります。

本稿では、HIV陽性者における悪性腫瘍の疫学、リスク因子、主要な腫瘍の特徴と管理、予防と早期発見の重要性、治療上の注意点などについて概説します。


HIV陽性者における悪性腫瘍の疫学

HIV陽性者における悪性腫瘍の疫学は、ARTの導入前後で大きく変化しています。

AIDS関連悪性腫瘍(ADC)の減少傾向:

ART導入後、ADCの発生率は大幅に減少しています。Shielsらの研究によると、1996年から2010年にかけて、ADCの発生率は約3分の1に減少しました[1]。特に、カポジ肉腫と非ホジキンリンパ腫の発生率の低下が顕著です。例えば、カポジ肉腫の発生率は1996年の1000人年あたり24.7から、1997年には4.7、2002年では1.7まで低下しています。

非AIDS関連悪性腫瘍(NADC)の増加傾向:

一方で、NADCの発生率は増加傾向にあります。前述のShielsらの研究では、NADCの発生率は1996年から2005年にかけて約3倍増加したと報告されています[1]。特に増加が顕著なのは、肺がん、肝臓がん、肛門がん、ホジキンリンパ腫などです。

Deekenらの研究によると、HIV陽性者におけるこれらのがんの標準化罹患比(SIR)は、一般人口と比較して以下のように高くなっています[2]:

文献2より作成

Trickeyらの大規模な国際共同研究の結果が2024年のLancet HIVに掲載されました[3]。この研究は1996年から2020年にかけて、ヨーロッパと北米のHIV陽性者でARTを受けている人々の死因別死亡率の長期的傾向を調査したもので、1996-99年、2000-03年、2004-07年、2008-11年、2012-15年、2016-20年の各期間の死因別死亡率を比較しました。

非AIDS関連の悪性腫瘍による死亡の割合が1996-99年の5%から2016-20年には19%に増加しており、全期間の死因として、AIDS関連死に次いで2番目に多い死因となっています。具体的には、16,832件の死亡のうち2,311件(13.7%)が非AIDS関連の悪性腫瘍によるものでした。ただし、非AIDS関連の悪性腫瘍による死亡率も経時的に減少しており、平均して1期間ごとに6%ずつ減少しています。

日本におけるNADCの動向:

日本におけるHIV陽性者の非エイズ指標悪性腫瘍(非AIDS関連悪性腫瘍)の実態を明らかにするための全国規模の疫学調査が実施されました。この研究は、ARTの進歩によりHIV陽性者の長期生存が可能になったことに伴い、新たな課題として注目されている非AIDS関連合併症、特に悪性腫瘍の発生状況を把握することを目的としています。

厚生労働科学研究の一環として行われたこの調査は、全国のHIV/エイズ診療拠点病院378施設を対象としたアンケート形式で実施されました。2022年に診断された症例を中心に、1995年からの累積データも分析対象とし、各施設から悪性腫瘍の発生状況、患者の臨床情報、腫瘍の種類、治療結果などの情報が収集されました。調査の特徴として、エイズ指標疾患である悪性リンパ腫、脳リンパ腫、子宮頸がん、カポジ肉腫は除外されています。

調査の結果、134施設から回答が得られ(回答率35.4%)、2022年には76例の新規悪性腫瘍診断が報告されました。

累積データによると、最も頻度の高い腫瘍は肺がんで、続いて大腸がん、胃がん、肝臓がん、肛門部腫瘍の順となっています。

腫瘍の発生はCD4数と緩やかな相関を示し、CD4数が高い患者でも発症が見られました。発症年齢は60歳代がピークで、HIV診断から1年以上経過後に発症するケースが全体の80%以上を占めていました。

感染経路別の分析では、同性間感染者からの報告数が最も多く、これは日本のHIV陽性者全体における同性間感染の割合を反映している可能性があります。一方、医原性感染(主に血友病患者)では肝臓がんが約半数を占め、特徴的な傾向が見られました。

治療後の完全寛解または部分緩解率は62.6%でしたが、膵がん、白血病、肺がんなどでは死亡率が高い傾向が見られました。

2021年と2022年の2年間のデータを基に計算された悪性腫瘍罹患率は、年齢調整後で2014年の一般日本人の1.02倍でした。ただし、エイズ指標疾患が除外されているため、実際の罹患率はさらに高い可能性があります。

この研究は、日本におけるHIV陽性者の非AIDS関連悪性腫瘍の発生動向を把握できる唯一の全国レベルの調査であり、その結果はHIV陽性者の長期的な健康管理や癌予防戦略の策定に重要な示唆を与えるものです。HIV治療の進歩により患者の長期生存が可能になった現在、これらの非AIDS関連悪性腫瘍への対策は、HIV陽性者のケアにおいて重要な課題となっています。特に、定期的なスクリーニング検査の実施、禁煙指導の強化、大腸がん検診の重要性が指摘されています。今後は、この研究結果を踏まえた効果的な予防戦略と早期発見プログラムの開発が求められるでしょう。また、HIV感染の長期的影響を理解するために、継続的な調査と分析が不可欠です。

HIV陽性者における悪性腫瘍のリスク因子

HIV陽性者における悪性腫瘍の増加には、複数のリスク因子が関与していると考えられています。主な要因として、免疫抑制、ウイルス共感染、生活習慣要因が挙げられます。

1. 免疫抑制:HIVによる免疫機能の低下は、悪性腫瘍発生のリスクを高める重要な要因です。特に、CD4陽性T細胞数の低下は多くの悪性腫瘍のリスク増加と関連しています。

  • AIDS定義悪性腫瘍(ADC)のリスクは、CD4数が低いほど高くなります。

  • 非AIDS定義悪性腫瘍(NADC)に関しても、中等度から重度の免疫抑制状態(CD4数<350/μL)でリスクが上昇するという報告があります。

  • しかし、極度の免疫抑制状態(CD4数<200/μL)では、AIDS関連疾患による死亡リスクが高まるため、NADCの発生率は相対的に低くなる傾向があります。

2. ウイルス共感染:HIV陽性者は、他の発がん性ウイルスとの共感染リスクが高く、これらのウイルスが関連する悪性腫瘍の発生率が上昇します。

  • ヒトパピローマウイルス(HPV):子宮頸がん、肛門がん、頭頸部がんのリスク増加

  • B型・C型肝炎ウイルス(HBV・HCV):肝細胞がんのリスク増加

  • Epstein-Barrウイルス(EBV):ホジキンリンパ腫のリスク増加

3. 生活習慣要因:HIV陽性者では、一般人口と比較して喫煙率や飲酒率が高い傾向にあり、これらも悪性腫瘍のリスク因子となっています。

  • 喫煙:肺がん、頭頸部がんのリスク増加

  • 飲酒:肝臓がん、大腸がんのリスク増加

4. その他の要因:

  • 年齢:HIV陽性者の高齢化に伴い、加齢関連の悪性腫瘍リスクが上昇しています。

  • HIV感染期間:HIV感染期間が長いほど、NADCのリスクが高くなるという報告があります。

HIV陽性者における主な悪性腫瘍の特徴

HIV陽性者における主な悪性腫瘍の特徴と管理について、重要な点を以下に概説します。

非ホジキンリンパ腫(NHL)は、AIDS定義疾患の一つであり、EBVとの関連が示唆されています。ARTの導入後、発生率は減少傾向にありますが、依然としてHIV陽性者で重要な悪性腫瘍です。管理においては、標準的な化学療法にリツキシマブを併用することで完全寛解率が改善されています。ARTの継続が推奨されますが、薬物相互作用に注意が必要です。

カポジ肉腫は、ヒトヘルペスウイルス8 (HHV-8) との関連が強く、免疫機能の低下と密接に関係しています。ARTの導入により発生率は大幅に減少しています。局所病変に対しては局所療法、全身性病変に対しては化学療法が選択されますが、ART継続による免疫機能の回復が最も重要な治療戦略です。

肺がんは、HIV陽性者で最も頻度の高い非AIDS定義悪性腫瘍の一つです。喫煙との関連が強いですが、非喫煙者でもリスクが高いことが報告されています。早期発見のためのスクリーニングが重要であり、治療は一般人口と同様のアプローチが取られます。

肝臓がんは、HBVやHCVとの共感染が主なリスク因子です。特に日本ではHIV陽性血友病患者の罹患率が高く、注意が必要です。定期的な画像検査とα-フェトプロテイン測定によるスクリーニング、HBV・HCVの治療が重要です。HIV陽性者では進行が早い傾向があるため、早期発見・早期治療が鍵となります。

肛門がんは、HPV感染との関連が強く、HIV陽性者(特に男性同性愛者)でリスクが高くなっています。ARTの導入後も発生率の上昇が報告されています。定期的な肛門細胞診と高解像度肛門鏡検査によるスクリーニングが推奨されます。治療は一般的な肛門がんと同様に化学放射線療法が主体となります。

HIV陽性者における悪性腫瘍の予防と早期発見

HIV陽性者における悪性腫瘍の予防と早期発見は、長期的な健康管理において極めて重要です。この分野では、ワクチン接種、スクリーニング検査、ARTの早期開始、生活習慣の改善、そしてウイルス性肝炎の治療が主要な戦略となります。

ワクチン接種に関しては、HPVワクチンとHBVワクチンが重要です。HPVワクチンはHIV陽性者におけるHPV関連がんのリスクを軽減し、最近の研究では男性においても安全で高い免疫原性を示すことが報告されています。HBVワクチンは肝臓がんのリスク軽減に寄与します。

スクリーニング検査については、HIV陽性者は一般人口よりも若年でがんを発症するリスクが高いため、より早期からの実施が重要です。具体的には、喫煙歴のある患者に対する低線量CTによる肺がんスクリーニング、HBVまたはHCV共感染者に対する定期的な肝臓がんスクリーニング、ハイリスク群に対する肛門がんスクリーニング、HIV陽性女性に対するより頻繁な子宮頸がんスクリーニングなどが推奨されます。大腸がんについても、一般人口と同様のガイドラインに従いつつ、より若年からの開始を検討する場合もあります。

ARTの早期開始は、免疫機能の維持・回復を通じて悪性腫瘍のリスクを軽減する可能性があります。特に、CD4数を500 cells/μL以上に維持することで、多くの悪性腫瘍のリスクが低下することが示唆されています。

生活習慣の改善も重要な戦略です。禁煙は肺がんや頭頸部がんのリスク軽減に、アルコール摂取の制限は肝臓がんのリスク軽減に寄与します。また、健康的な食生活と運動は全体的な健康維持に重要です。

ウイルス性肝炎の治療も悪性腫瘍予防の重要な要素です。HBVやHCV共感染者に対しては、適切な抗ウイルス治療を行うことで肝臓がんのリスクを軽減できます。

まとめ

HIV陽性者における悪性腫瘍は、ARTの進歩により、HIV/AIDS医療における重要な課題となっています。本稿では、HIV陽性者における悪性腫瘍の疫学、リスク因子、主要な腫瘍の特徴と管理、予防と早期発見、治療上の注意点、そして今後の課題について包括的に検討しました。

疫学的には、ART導入後、AIDS定義悪性腫瘍(ADC)の発生率が減少する一方で、非AIDS定義悪性腫瘍(NADC)の発生率が増加しています。特に、肺がん、肝臓がん、肛門がん、ホジキンリンパ腫などのNADCのリスクが一般人口と比較して高くなっています。

リスク因子としては、免疫抑制、ウイルス共感染(特にHPV、HBV、HCV)、喫煙などの生活習慣要因が重要です。これらの因子は複雑に絡み合い、HIV陽性者における悪性腫瘍のリスクを高めています。

主要な悪性腫瘍の管理においては、HIV感染症の管理(ART継続など)と並行して、がん治療を行うことが重要です。薬物相互作用や免疫抑制状態に注意しながら、個々の患者の状態に応じた治療戦略を立てる必要があります。

予防と早期発見に関しては、ワクチン接種(HPV、HBV)、適切なスクリーニング検査、ARTの早期開始、生活習慣の改善、そしてウイルス性肝炎の治療が重要な戦略となります。特に、HIV陽性者では一般人口よりも若年でがんを発症するリスクが高いため、より早期からのスクリーニングが重要です。

HIV陽性者における悪性腫瘍の管理は複雑ですが、継続的な研究と臨床実践の改善により、患者の生活の質と予後の向上が期待されます。HIV専門医、腫瘍専門医、研究者、そして患者自身が協力して、エビデンスに基づいた最適な治療法を開発し、実践していくことが重要です。また、個々の患者の状況に応じた個別化医療の推進と、長期的な視点での管理が不可欠です。

参考文献

[1] Shiels MS, Pfeiffer RM, Gail MH, Hall HI, Li J, Chaturvedi AK, et al. Cancer burden in the HIV-infected population in the United States. J Natl Cancer Inst. 2011;103(9):753-62. Epub 20110411. doi: 10.1093/jnci/djr076. PubMed PMID: 21483021; PubMed Central PMCID: PMC3086877.
[2] Deeken JF, Tjen ALA, Rudek MA, Okuliar C, Young M, Little RF, et al. The rising challenge of non-AIDS-defining cancers in HIV-infected patients. Clin Infect Dis. 2012;55(9):1228-35. Epub 20120709. doi: 10.1093/cid/cis613. PubMed PMID: 22776851; PubMed Central PMCID: PMC3529613.
[3] Trickey A, McGinnis K, Gill MJ, Abgrall S, Berenguer J, Wyen C, et al. Longitudinal trends in causes of death among adults with HIV on antiretroviral therapy in Europe and North America from 1996 to 2020: a collaboration of cohort studies. Lancet HIV. 2024;11(3):e176-e85. Epub 20240124. doi: 10.1016/s2352-3018(23)00272-2. PubMed PMID: 38280393.


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