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読書記録⑨画僧古磵


『没後300年画僧古磵』大和文華館(2017)

本日の本は2017年に奈良の大和文華館で開催された特別展図録『没後300年画僧古磵』


明誉古磵は浄土宗の画僧で奈良や京都を中心に活躍した。

私がこの画僧の作品にであったのは、角倉素庵が隠遁した嵯峨の中院山荘に行く途中であった。


百人一首の原型ができた場所と考えられる
現在は看板のみ



天龍寺やお土産が並ぶ商店街を北へ抜けていくと嵯峨野の顔である清凉寺の山門が現れる。


清凉寺 山門

嵯峨は古来から歌枕として親しまれ、光源氏のモデルとなった源融の別荘があったとされるなど旧跡が数多く残っている。


清凉寺の本堂にはインド由来の木造釈迦如来立像がある。その後方へぐるりと回ると、巨大な「羅漢彫瑞像図」が現れる。これがわたしと画僧・明誉古磵の出会いである。


「羅漢彫瑞像図」明誉古磵  清凉寺蔵
『画僧古磵(2017)p.145』



ゆったりと描かれた線は俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を思わせる。

宗達は少なくとも病床の素庵を訪ね、この地へ足を運んでいるはず……あらゆる絵巻物から模倣している宗達なら、この有名なお寺にも来ているかも……それなら宗達と関連ありとみた!と安直な考えのもと、調査開始。


何とか読める落款には「沙門古磵」とあり、それを頼りにネットの海を泳ぐ。「明誉虚舟古磵」という名をよく使っていたらしく、Wikipediaまで辿り着く。どうやら尾形光琳とほぼ同時期を生きているようだ。


か、空振り〜(宗達の方が世代が上)。


宗達関係なくても、面白い画僧であることには変わりなし。光琳と同世代なら宗達を参考にすることもあったのでは……という妄想もほんの少し抱きつつ、その後タイミングよく大和文華館にて2017年に開催された『没後300年 画僧古磵』の図録を手に入れることができた。


図録には薬師寺の僧侶であり、古磵研究の第一人者である大谷徹奘氏の解説があった。古磵の師弟関係に関する記述は以下の通りである。

明治以降の文献には狩野永納が古磵の絵の師であることが定説であった。しかし、江戸末期の画人伝『古画備考』に古磵の記述はなく、古磵と永納を結びつける史料は見つかっていない。

『古画備考』以前の史料『扶桑名公画譜』には「始め海北友雪に師事、後に狩野洞雪(益信)に師事」とある。

浄土宗の修行は15歳とされ、27年間の修行生活の中で絵を学ぶようなことは許されない。よって、古磵は15歳までに友雪に師事している必要がある。

寛文2年(1662)には探幽を中心とした内裏の障壁画製作が行われている(古磵10歳頃)。このとき海北友雪、狩野洞雪、狩野永納が参加しており、古磵に関係する狩野派絵師たちの関わりが認められ、老齢の友雪が洞雪に幼い弟子を託したことも想像にかたくない。

また、『扶桑名公画譜』を書いた淺井不舊は古磵と同時代に活躍していることから内容の信憑性は高いと考えられる。

益信(洞雪)の緩やかな筆致が宗達と似ていると疑ったことがあったが、こっちが繋がるか……


予習が済んだところで、古磵がほぼ最晩年に描いたとされる「薬師寺縁起絵巻」が公開される山口県立美術館へ。

奈良大和路のみほとけ展 山口県立美術館


名品たる名品が並ぶ展覧会でした。
し、知らないお寺がない……

お目当ての絵巻はひとりひとりが丁寧に描かれ、古磵の独特の愛らしさを見せる。


参考:清凉寺縁起絵詞
(佛教大学図書館デジタルコレクション)


実は「羅漢彫瑞像図」は狩野元信が描いたとされる「釈迦堂縁起(清凉寺蔵)」の一部分が元になっている。そして「薬師寺縁起絵巻物」には「羅漢彫瑞像図」を彷彿とさせる構図も登場する。

「羅漢彫瑞像図」明誉古磵  清凉寺蔵
『画僧古磵(2017)p.69』


「薬師寺縁起絵巻物」の第一巻には雷神も登場している。古磵が宗達学習をしていた可能性捨てきれない……(どちらかというと天神縁起絵巻物での学習の方が考えられる)


そして大谷徹玄奘氏の講演を隣の図書館で拝聴。

古磵コレクションのいくつかをガラスなしで対面させていただくことができた。


「恵可断臂図」明誉古磵
個人蔵


薬師寺は法相宗の寺院だが、大谷氏、古磵とも浄土宗・薬師寺と関わりが深く、浄土宗の僧である父から古磵の作品を贈られたことから古磵研究、顕彰に務めるようになったということだ。

薬師寺の僧侶である自身の経験から、古磵が画号のように使っていた「明誉虚舟古磵」という僧名を雪舟や雪舟の憧れた明兆に関連付けて読み解く話はとても興味深い。


画僧古磵 
画僧・古磵研究会監修

作品集も入手。年記が殆どないので印章も併せて原寸大で掲載してありとても有難い。


雪舟に憧れた画家は多い。「慧可断臂図」を見れば古磵もその影響を受けたひとりであることは明らかである。しかし古磵の水墨画作品を眺めていると、雪舟を新たな狩野派の軸とした探幽の簡素な作品を思わせる。


雪舟伝説 京都国立博物館


そんな雪舟に憧れた画家たちの展覧会も開催中。雪舟は雪舟を越えて伝説になっていく。



能の本について書くと予告しておきながら、今回のテーマは明誉古磵。読んだ本と行った展覧会が程よい頃合いでした。

狩野派(探幽)と宗達関わりもちゃんとまとめて行きたい今日この頃。このくらい大きなテーマなら誰かが書いてそうでもあります。


今回出した展覧会はまだ会期が半分残っていますので、機会がありましたらぜひ行ってみてください。



古磵の大涅槃図は京都泉涌寺の
涅槃会で見ることができる



引用・参考文献
特別展 没後三〇〇年 画僧古磵 大和文華館(2017)

※「磵」は「礀」と混同されるが門構えのなかは「月」ではなく「日」。

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