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読書記録⑧平家納経 全三十三巻の美と謎


謎多き俵屋宗達の基準作のひとつである平家納経。資料的根拠はないが、その斬新な意匠と発想、金銀泥の扱いの巧みさから願文(櫛筆文書)、嘱類品、化城喩品は宗達の手によって表紙・見返しの補筆がされたと考えられている。


平家納経 全三十三巻の美と謎  小松茂美(2005)


今回この本を選んだのは、平家納経についてこれまで展覧会や図録を当たって調べてきたが、図像に関する情報中心に集めてきており、平家納経が作られるまでの背景については深く触れて来なかったからである。


平家納経は平家一門の結縁を願って平清盛が厳島神社に納めたといわれる法華経を中心とする経典群だが、「清盛がその時代の善美を尽くした」と表されるほど、表紙、見返し、軸、紐に至るまで意匠を凝らしたものであった。


歴史的な改修中の大鳥居


しかしながら、平家納経は国宝で、しかも中世の紙媒体であるため、資料保存の関係でなかなか目にするチャンスは少ない。出品される展覧会には足繁く通ったのであるが、一度に数品ずつ展示されることが最近では殆どである。そういったこともあり、平家納経の歴史的な解説、各経典の簡単な内容と軸等の装飾の詳細を含む図版が網羅されたこの本を選んだ訳である。

著者は小松茂美氏。古筆や絵巻物研究の大家である。


本書は先に述べた通り、全三十三巻と唐櫃等の付属品の図版と簡単な概要がある。また、解説には、清盛以前の家系から清盛の平家納経奉納に至るまでの歴史が書かれており、続いて願文に清盛が「一人一巻」と記しながら、清盛の名が署名が三回出てくることや重要人物である長男重盛らの名前が出てこないことなど五つの謎について述べられている。


平家納経奉納に至る概要は以下の通りである。

比叡山延暦寺に天台宗が開かれ、法華経は貴族や宮廷に次第に広まっていく。法華経は仏として敬われるために、受持、読誦、解説、書写が行われ、なかでも書写は最も優れた功徳とされた。その歴史は『源氏物語』や『栄花物語』などにも見ることができる。

また、清盛の同時代では、『長秋記』によると、鳥羽上皇と待賢門院主宰の白河法皇供養行事で待賢門院が担当した「方便品第二」は、軸に水晶、外題を銀細工を使い、経の飾りには七宝を駆使して極楽浄土を再現したということであった。

このような背景から、装飾経が貴族たちの間でもっとも徳の高い行為とされたことが推察される。


また清盛は夢の中で一人の沙門より、「安芸国厳島神社に奉仕せよ」とのお告げを受けており、参拝したところ、厳島内侍から「いずれ太政大臣となる」と託宣を受ける。これらは同時代資料の『古事談』や後に成立した『源平盛衰記』に見られる。


これらの解説から、平家納経の奉納は当時できうる最大の作善であり、清盛の願いの強さが理解できる。


平家納経と厳島の宝物 広島県立美術館(1997)


これまでは主に世界遺産登録当時の広島県立美術館の展覧会図録を中心に読んでいた。これはこれで、平家納経だけに限らない奉納品(狩野松栄や円山応挙等)や仏教美術、宗達による補修等、各方面の専門家たちによる解説が盛りだくさんで面白い。


月に一回は更新しようと思い、なんとか3月のノルマをぎりぎり達成。次はこれ、と言って叶えた試しがないだけど、昨年は能について調べていたので、それに関して数冊まとめたい本がある。

数年前に刊行された角倉一族の研究をまとめた鈍器のような本も読みかけなのでそろそろと思う。


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