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古い資料・一次資料の大切さ

 先日、築50年以上経つ自宅の片付けをしておりましたら、藍染めについて書かれた資料がひょっこり出てきました。
 亡き祖父が勉強していたと思しきメモ書きがページの余白に残されており、思わず目を凝らしてその文字を追いました。阿波藍の歴史がどのようにして始まったのか。それは誰が何故どのようにして始めたのか。祖父は資料の中からキーワードを引き出して簡潔に整理し、把握しようと努めていたようです。

「通説」は「伝言ゲーム」の可能性を疑う

 祖父が何かを学ぼうとしていたその資料は、昭和40年代にまとめられたものでした。その内容は、阿波藍の歴史、染料原料であるタデアイの品種、染料である蒅(すくも)の作り方とその品質の見極め方、染料の調整の仕方などと共に、全国の主だった藍染め技術とその分布についても触れられていました。
 当時の、藍染め事情の概要をコンパクトにまとめたレポートといった具合です。

 その資料に目を通しながら、何箇所か「あらら?」と確認し直したくなる情報を発見。それらは、今は「常識」として語られている事が「実はそうではない。」という事が判明するような内容でした。
 いわゆる「通説」が覆る記述です。
 その詳細についてはいずれまた書籍に書くつもりなのですが、今ここで伝えたいのは、「通説」を鵜呑みにしないように意識するということ。

 「通説」は「通説」になるまでの間に、数える事がおよそ不可能と思えるくらいに「人のフィルター」がかかっています。
 細かく言うと、誰かが「そう言った」ことを、また他の誰かが「そう言う」。それを繰り返すうちに、誰かの思惑で話が少し曲がることもある。また、誰かは聞き違えたりもする。また他の誰かは覚え違いを起こす事だってある。不確かな「記憶」や「思惑」がフィルターとなって、元の情報とニュアンスが変わってしまうということは、日常的に起こっています。
 私自身も十分に気をつけなければいけない点です。

 これは、子どもの頃に遊んだ「伝言ゲーム」そのものと同じ現象。
 今は特にSNSを中心としたオンライン上の情報でも、こういう事が頻繁に起こっています。
 だから、誰かから聞いて「へぇ」と思ったことが自分の専門分野に関連することであった場合は、あえて一呼吸おいて、一次資料や自分自身の体験に基づいた裏付けを取りに行く。そうして、できるだけ正確な情報に辿り着けるように心がけておくことが、誠実な取り組みのベースになっていくのだと考えています。

和漢三才図会の「前書き」騒動

 実は、10年ほど前にある方からお怒りのメールを頂戴した事があります。その方が怒っておられたのは私に対してではなく、「藍染めのことを語る人」に向けての不信感が露わになっているような感じでした。

 「和漢三才図会の前書きに、藍染めのことが書いてあると、ある藍染め職人に聞いた。江戸時代の有名な百科事典の前書きに登場するほど、藍染めは人気のあるものだったと言う話ぶりだった。それならどんな記述があるのか実際に見てみたいと調べてみたら、前書きのどこにもそんなことが書かれていない。これは一体どう言うことなんだろう。
 私が不快に感じているのは、今までに何度か、藍染めをする人から聞いた話が、実際はそうではないと後から分かったこと。どうして、藍染めをする人は平気で嘘をつくのか。」

 いただいたメールの内容を要約すると、このような感じでした。
 なるほど、それはいけない…と古文書のデジタルライブラリーで『和漢三才図会』の検索に当たってみることに。すると確かに、「前書き」に藍染めの記述は見当たらなかったけれど、本文中でタデアイが紹介されていました。

 ご連絡をいただいた方にそのページのURLをお知らせし、そのついでにこのようなことをお願いしたのを覚えています。
「藍染めにはまだ化学的に検証されていない伝承が数多くあります。また業界内に、新しく発見された事実と昔から伝えられてきた事を、みんなで共有し俯瞰するための機関も無いため、人によっては情報のアップデートに時間がかかる場合があるのです。更に今回のようなことは、伝言ゲームのようにして途中で間違って伝わったことをそのままお話ししてしまっただけで、その方も嘘をつくつもりではなかったかもしれません。だからどうぞ許してあげてください。私も正しい情報の発信に努めて参ります。」

怪しい話だらけの藍染め界隈

 言葉には気をつけないといけませんが、とにかく藍染め周りにはこういう「もっともらしいけれど不確かな話」が本当に多くて…「通説」として普通に聞かされてきた話があまりにも多いので、そもそも疑ってみるということすら無かった事もたくさんあります。

 ですから、いわゆる効果効能のようなものは、できるだけどのような条件で実験したかということも踏まえた新しいデータの蓄積と発信が大事だと思います。一方で染色の技術的な問題については、昔の人がどのような事に苦心していたか、工夫していたか、古い資料を丁寧に当たることも必要だと思います。

 私のSNSの更新が藍色工房時代より緩やかになったのは、細切れの情報を発信する時間をできるだけ調査にあたる時間に回そうと考え直し、実行しているからでもあるのです。
 もう10年が経とうという、上記のメールが頭から離れません。せっかく藍染めを好きになってくれた人が、その業界に携わる数人とのやり取りの結果、業界全体をいかがわしく思われてしまうのはあまりにも残念です。そこに誰の悪意も介在しないからこそ、なおさらです。

今、流行りのchat GPTも鵜呑みにできない

 優秀なAI のチャットアプリが自由に使える事になって、方々で好奇心に満ちた試みが繰り返されています。私も、検証したいと思っているいくつかのことを質問してみました。

 先月に発売した『伝統色藍 7つの秘密』でも触れた話題ですが、毒蛇が藍染めを嫌う理由として「遠赤外線効果」が機能していると言う説について。論文が存在しているのか質問をすると、ある有名大学の教授が既に論文を発表していると言う答えが返ってきました。

 そんな有名な大学で研究されるほどメジャーな案件なのかしらと不思議に思いつつ、その答えに上がっていた教授の名前を検索すると…なんとその人は実際に存在する人ではありませんでした。ついでに論文名でも検索しなおしたのですが、その論文も実在のものではありませんでした。

 つまり、彼は答えを捏造してでも答えてくれるわけです…いや、危ない(大汗)やっぱり最終的に、自分の目や耳で確認できたものに頼るようにしておくのが、基本姿勢としては間違いないなと思いました。

 そう言うわけで、私が今後発表する藍関連の書籍も、「本当のところはどうなの」という気持ちをベースに持ちつつ展開していくことになりそうです。多分、これから携わっていく全ての書籍においても、これが基本姿勢になるのだろうと思います。ぼちぼち参ります。


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