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トルコ旅行③イズミル・エフェス

初めてのトルコでイスタンブル以外を観光するとなったとき、カッパドキアでもアンカラでもブルサでもエディルネでもなくなぜイズミル、と思うのは当然のことである。私だってなんでここにいるのか不思議じゃい。ノリと勢いじゃい。
一応理由はある。本当は古代ギリシャ遺跡のミレトスに行きたかったのである。科学史に足を突っ込んだ人間なら、元素論の生誕地ミレトスの空気を吸って「アルケーーー!」などと叫びたくなっても何もおかしくない(キッパリ)。しかしミレトスはタクシーかドルムシュ(乗り合いタクシー)を駆使して行かなければならないと聞き、素人にはいささか難易度が高いと断念した。そこで同じく古代ギリシャの遺跡であるエフェス(エフェソス)を薦めてもらい、訪れることにしたというわけである。

ケメラルトゥ・バザール Kemeraltı Bazaar
アナファルタラル通り Anafartalar Caddesi

下町感が強い商店街。きらびやかなドレスの店の横に布屋や糸屋が並ぶ、繊維業コーナーが印象的だった。それ以外にも鍋屋、魚屋、香辛料屋など生活必需品の店が軒を連ねている。イズミルに限らず、茶葉やコーヒーはあれだけ愛されているのに専門店ではなく香辛料屋でシナモンなんかと一緒くたに売っているので、茶葉やコーヒーが導入されてきた際の歴史を感じる。お菓子屋が茶葉を一緒に売っていることも多い。
中心部にはモスクに面した広場があり、そこを囲むように飲食店街が広がる。ご機嫌でお茶を飲む人々、あちこちから路上ライブの軽快な音色が聴こえてくる。イスタンブルではあまり路上ライブがなかったから、楽しい。とんでもないボロボロのクラリネットでとんでもない超絶技巧をぶちかますおじさんがいた。

イスタンブルとの違いで思い出したが、イズミルは町中いたるところでスクラッチくじを売っていて、人だかりができるほど盛況だった。皆買ったその場で一心不乱にくじをこするから、大の大人が何人も頭を寄せ合ってゴソゴソしている、奇妙な光景だった。

コナック Konak
港に面した地区で、イズミルのランドマークの時計塔がたっている。時計塔の周りには10メートルおきくらいでハトの餌売りが座っていて、当然ものすごい数の鳩がいる。観光地で人間の数も相当なのに、間違いなく鳩の方が多い。トルコでは灰色のドバトだけでなく、茶色くてスリムなハト(種名不明)も街中によくいるが、ここはほとんどがドバトだった。餌は人間が撒いてくれて、ちょいと羽ばたけば噴水で水も飲めて、楽園じゃないか。
トラムの周りには芝生と海沿いの遊歩道が完備されていて、エーゲ海の風に吹かれて散歩するのが気持ちいい。ここにも路上ミュージシャンがよくいる。8ビートのドラムにあわせてサズをかき鳴らすロックなじいちゃんがいた。かっこいいぞ。

時計塔の広場には、それ以外にもilk kurşun anıtı (first bullet monument)という像が立っている。第一次世界大戦でオスマン帝国が降伏したのち、1919年にギリシャがイズミル(スミルナ)に上陸・占領したことでギリシャ=トルコ戦争が勃発するが、その最初の交戦の原因となるトルコ人ジャーナリストの発砲を「national fight」として讃えていた。

アサンソル Asansör
そのものずばり「エレベーター」という意味。この単語は覚えておくと、ホテルや駅や空港で大変便利(経験談)。
イズミルは海岸の街、地区によっては海抜ゼロからいきなり壁のように急な斜面がそそりたち、建物がへばりついている。階段と坂道だらけだが、1907年にユダヤ人実業家が作らせたエレベーターのおかげで格段に上下移動が楽になる。当初は蒸気機関で現在は電気を動力にしているという違いはあるものの、扉は手でドアノブを押して開ける外開きタイプのままで、レトロ感が残っている。

アサンソルでひょいと海抜を上げれば、眼下にエーゲ海を見渡す絶景を楽しめることだろう。
今回の旅行中、イスタンブルでは延々曇りと雨が続いた一方で、イズミルではずっと晴れそのものだった。たまたまなのか気候が違うのかはわからないが、少なくとも私にとっては久々の晴れだったこともあってとても気分がよかった。
余談だが、トルコのエレベーターは総じてせっかちで、「ドアが閉まります」とアナウンスする前にドアが閉まってなんなら動き始めるのでアナウンスの存在意義がわからない。

青い空、青い海、かわいい建物!

スミルナ遺跡(アゴラ屋外博物館) Agora Açık Hava Müzesi
イズミルの土地がイズミルという名になったのはここ100年程度のことで、それまでの名はスミルナ(Smyrna)である。ホメロスも暮らしたとされる地で、古代ローマ、ビザンツ帝国、オスマン帝国と時代が変わってもギリシャ人が多く居住し続けた。ここではアゴラが発掘され、並び立つ柱、見事なアーチの天井、今も水を吐き出し続けるテラコッタの水道管を間近に見ることができる。エフェソスに比べれば復元はされておらず、規模も小さいが、薄暗い地下宮殿で少し湿った土を踏んだり、ローマ時代のタイルの模様を眺めたりしていると、積み重ねた歴史を感じる。イズミルはギリシャ=トルコ戦争で焼け野原になり、オスマン帝国の古い建築があまり残っていないのもあいまって、ビル街の中に原っぱと遺跡が突如現れる衝撃はなかなかのものだ。

『テルマエ・ロマエ』のルシウスの真似をして、水道管から吐き出される水に触れてみたのだが、あまり冷たくはなかった。どこかから運んできている間にぬるくなったのだろうかなどと水の長い旅路に思いをはせたところで、その日の夜にホテルでweb漫画を読みつつごろごろしていたら、ジャンプ+で『続テルマエ・ロマエ』が連載されていることを知った。まさかルシウスとの再会をトルコで果たすとは思わなかった。

セルチュク Selçuk
世界遺産エフェソス遺跡への拠点となる街である。
イズミルから国鉄TCDDで1時間強。イズバンという電車でも行けるが乗り継ぎが若干面倒で、便数は少なくてもTCDDが楽。指定席でゆったり、シートもふかふか、なのに乗車券は300円くらいで目を疑った。
時間がなかったのであまり見ていないが、セルチュク自体も城塞やヨハネ教会、古い街並みが残るこぢんまりとしたよい街だった。

エフェソス考古学博物館Efes arkeoloji müzesi
エフェソス遺跡の出土品をメインに、エフェソスの歴史を紀元前から学ぶことができる。考古学だから、展示品はビザンツ時代までが多い。彫刻やタイル、ガラス製品、コインのコレクションなど、古代ギリシャ・ローマの技術力の高さがよくわかる。試験管など、2000年の時を超えて形状が全く進化していない。
中庭にローマ〜ビザンツ時代の石像がたくさん置かれているのだが、「展示なんか見ずにわたしを見なさいよ、うりうり」とばかりに邪魔してくる甘えてくる猫がいた。

甘えんぼ猫

アルテミス神殿 Artemis Tapınağı
セルチュクからエフェソス遺跡までの一本道の途中にある。くさっぱらの中に突然白亜の柱と大理石の塊が転がっており、面食らう。世界七不思議の一つらしいが何が不思議なのかよくわからない。前述の考古学博物館で見たアルテミス像は、スタンダードなギリシャ神話から想像する月と狩の女神とはかなり異なり、お腹のまわりに無数の乳房がついていて豊穣多産を司っていたらしい。アルテミスといえばスレンダーで美女で…というイメージががらがらと崩れ、ちょっと不気味だった。

エフェソス遺跡 Efes antik kenti
圧巻の古代遺跡である。古代ギリシャからビザンツ時代にかけての建物の柱、図書館、噴水、神殿、門などの遺構が大量に残されている。冬なのに暖かい日だったからかたんぽぽなどの野草が花咲き、緑の草原と花畑、青い晴天、白い大理石、という目にも鮮やかな光景だった。そこらじゅうにギリシャ語やラテン語が刻まれた石が放置され、無造作にもほどがある。あいにく古典語の素養は皆無だが、なんとか単語を読み取ろうとその辺の石を見つめているだけでゆったり時が過ぎていく。

図書館跡

広大な遺跡で、道がかなり複雑に入り組んでおり、しかも奥まで入り込むことが可能なため、全てくまなく巡ったかというと、そんなことはないと断言できる。溶かそうと思えば何時間でも過ごせるところである。ハマったならば、遺跡内でさらにお金を払えば体験型の博物館や住宅を復元してある施設に入ることもできる。

ローマのコロッセオなどに比べればかなり小型だが円形闘技場も復元されていた。が、中央の舞台には2匹の野良犬がのんびり日向ぼっこしており、その姿を観光客が写真に撮りまくるという具合で、獰猛な獣とグラディエーターの戦いに見立てるにはあまりにも平和だった。

円形闘技場

セルチュクからエフェソスまでは4km弱、歩いても40分前後で着くのだが、10ユーロもとるぼったくりタクシーが跋扈している。私は行きにぼったくりタクシーを避けたらずっと歩く羽目になり、お腹ぺこぺこで遺跡にたどり着いたところで、「こっちは出口だ!向こう側の入口まで連れてってやる!10ユーロ!」と言われた。歩き疲れ、もう面倒になってボラれてやろうとタクシーに乗ったら、二つある入り口のうちどちらからでも入れることが後で発覚した。迂闊だった。騙された。許さん。
結局ぼったくりの相手が嫌でやけになったため、帰りもセルチュクまで歩いた。遺跡の中の分も含めたら、10キロは歩いただろう。たまに私は運動不足の出不精とは思えない脳筋になる。いい天気でお散歩が楽しかったからいいや。

イズミル・エフェスグルメ
イズミルはかなり大きい地方都市だけあって、ご当地グルメがいろいろとあるそうだ。
たとえばシーフード。海の近さを活かし、イカリングやムール貝のご飯詰めなど、文字面だけでよだれが出てくる。
たとえばお菓子。ボヨズというさくさくパイやボンバというチョコたっぷりのパンは、その辺の屋台やパン屋ならどこにでも並んでいる。通常ロクムといえば、トルコ土産物の定番である、求肥のようなぷにぷに食感の激甘菓子を指すが、イズミルのロクムは軽い食感のドーナツにこれでもかと糖蜜をかけたお菓子である。(イズミルにしかないのかと思ったら、イスタンブルでもガラタ橋の近くでイズミル流ロクムを売っていたのは内緒。)
その他、キョフテやケバブなどの肉料理にもご当地メニューがあるらしい。

なお、エフェスの名を冠したトルコを代表するビール「エフェスビール」もある。私はあまりお酒を嗜まないので味についてはまったくコメントできないが、ターキッシュエアラインの機内でも提供されていたくらいだから、きっとおいしくて愛されてるんじゃないかな、知らんけど。


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