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つながる



週の真ん中の平日休みの日、双子の相棒と一緒に映画館で映画を観た。「裸足になって」という、私とははるか遠く離れた国で生きる少女の物語。


北アフリカのイスラム国家、アルジェリア。
内戦の傷を抱えた不安定な社会の中で、バレエダンサーになることを夢見る少女がいた。
つま先がどれだけ痛くなってもバレエの練習に励み、お金を稼ぐために働きにも出る。
賭博で儲けたお金で、母に車をプレゼントしようとする彼女は、この不安定な社会の中で懸命に自分を持って生きているように見えた。
しかしある夜、男に階段から突き落とされ大怪我を負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまう。男は元テロリストで、彼女からお金を奪うためにそうしたのだ。


全てを失って心が死んでしまう彼女だったが、リハビリ施設で心の傷を抱えたろう者の女性たちと出会い、少しずつ生きる情熱を取り戻していく。
声を持たない彼女たちが手話とダンスを通して繋がる瞬間は、とても輝いていて心からの喜びを感じているように見えた。


内戦という不安定さを抱える国では弱者の声が届きにくいこと、全然知らなかった。
この世界では、見ようとしないと見えないことがたくさんある。私は、自分が今いる場所から一歩踏み出して世界を見れる人でありたいと思う。映画や本、ニュースを通して、自分の知らない所で生きる人たちの声を聞き続けたい。


この映画を通して、人と人が繋がり合う手段は沢山あるんだなと改めて感じた。
目線、ジェスチャー、表情、音楽、ダンス、手話、スポーツ、行動、本、点字。
他にもきっと沢山あるよね。


私にとっては「ことば」という手段がしっくりくるし、自分を一番よく表現できるものだと思う。
あと表情と声色。
きっとそれって人それぞれ違うんじゃないかな。音楽であったり、手話であったり。


言葉でのつながりを大切にしてきたけへど、それ以外の手段で分かり合えた、通じ合ったと思う瞬間の喜びもとても大きいんだということを思い出させてくれた。
私の職場に来るダウン症や自閉症の子、2歳ぐらいのまだ言葉があまり出ない子とは、ジェスチャーや言葉の抑揚、ハイタッチ、指差し、目線を合わせることや表情でコミュニケーションを取っている。
「あ、今この子と私通じ合ったな」と思う瞬間はとても嬉しい。相手が何をしたいのかうまく掴めない時には無力感と焦燥感を感じる。
どうしたら通じ合えるかな、この子は今何を感じているのかな、と毎日考えている。それが案外楽しくて、私は人と繋がるのが好きなんだなと思う。



いろんな手段で人と繋がれるようになりたい。そうしたら今まで違う世界で生きてきた人達とも交われる気がする。
こんな自分の思いが生まれた日。
映画が終わってから、思い立って手話の本を買ってみた。きっと手話を学べばまた、自分の世界が広がる予感がする。こうやって一歩踏み出しながら生きていきたい。



私の思いを聞いてくれてありがとう。






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