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『女神たちよ』トリヴィア/ インディアンムービーウィーク2021

インディアンムービーウィーク(IMW)2021パート1上映作品『女神たちよ(原題:Iraivi)』のトリヴィアを紹介します。初見でも十分楽しめる作品ですが、知っておくとより作品を楽しめる内容です。決定的なネタバレはありません。

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[あらすじ]

映画監督のアルルと幼なじみのマイケルは、内面に抱える問題のストレスを妻にぶつける日々。アルルの弟ジャガンが古寺の女神像の密売に手を出したことをきっかけに、彼らの運命は思わぬ方向に転がっていく。身勝手な男性に振り回され苦悩する女性たちが、古寺に留め置かれた女神像に重ねて描かれる。「雨」が重要なモチーフとして使われ、女性への敬意に満ちたラストが印象的。

[トリヴィア]

◼️『女神たちよ』は、『ジガルタンダ』『ペーッタ』のカールティク・スッバラージ監督の第3作目。S・J・スーリヤー、ヴィジャイ・セードゥパティ、ボビー・シンハーの演技派男優を配しながらも、女性の置かれた状況を鋭くえぐり、フェミニズム的観点が批評家から高い評価を受けた。

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◼️女性キャストの筆頭は、アーンドラ・プラデーシュ州出身で、タミル語とテルグ語映画をメインに息の長い活躍を続けるアンジャリ。日本では『ジャスミンの花咲く家』(13)が映画祭公開されている。演技派の評判が高く、特に逆境に置かれた女性の演技に卓越を見せる。

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◼️もう一人のヒロイン、カマリニ・ムカルジーはベンガル出身で、テルグ語映画への出演が多い。テルグNRI※映画の筆頭のシェーカル・カンムラ監督に重用され、『Anand』(04)、『Godavari』(06)など、ヒロイン中心の作品で主演。本作公開の2016年を最後に現在は活動休止中。

※NRI...インド国籍を持つ在外インド人(Non-Resident Indians)。
https://imidas.jp/genre/detail/D-114-0028.html

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◼️S・J・スーリヤーはタミルナードゥ州南部テンカーシ出身。監督として映画界に入り、アジット主演の『Vaali』(99)やヴィジャイ主演の『Khushi』(03)などを手掛けヒットメーカーに。2004年『New』では監督と主演を兼ね、最先端モード系映像作家的な位置づけで一世を風靡。その後監督から俳優業中心にシフトしたが、2010年前後はスランプで、ヒットから遠ざかっていた。2016年の本作での演技が高く評価されてカムバック。以降は、『マジック』(17)での悪役のように闇を抱えたキャラクターの演技に長じた性格俳優として一目置かれるように。

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◼️本作の小さなキャラクターでちょっと珍しいのは、カンナダ語の舞台とTV出身で、IMW2020上映の『浄め』に警察官役で出演してたシャシャーンク・プルショータム。本作中盤でかなり面白い役どころで登場するので注目。

◼️本作の原題「イライヴィ」はタミル語で女神のこと。タミルは女神信仰の盛んな地だが、本作が焦点を当てたのはカンナギという名のタミルの民族神。その物語を辿るには、晦渋で長大な古典叙事詩の日本語訳『シラッパディハーラム―アンクレット物語』よりも、こちらのコミックがお勧め。

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◼️カンナギは、ヒンドゥー教がタミルに根を下ろす以前に実在したと思われる貞女・女傑。チョーラ王国の都で大商人の家に生まれ、同じく裕福な商家に生まれたコーヴァランと見合い結婚する。しかし幸せな結婚生活はわずかで、夫はマーダヴィという名の芸妓と懇ろになり、家を顧みなくなる。しかしカンナギは夫がマーダヴィのもとに入り浸っている間も家を守った。夫が無一文になって帰還した時も、カンナギは婚資として持参した宝石の入った一対のアンクレットを差し出し、これを元手に家業を再興しようと励ます。夫婦はパーンディヤ王国の都マドゥライに行くが、そこで夫が奸計にはまり冤罪で処刑されてしまう。

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チェンナイに建つカンナギ像

◼️パーンディヤ王の宮廷に出入りする金細工師は、王妃の真珠入りのアンクレットを盗み出したところだったが、そこにカンナギのアンクレットを手にコーヴァランが現れたので、これ幸いと彼を王妃のアンクレットを盗んだ犯人に仕立て上げてしまったのだ。怒り狂ったカンナギは裁きを下した王のもとに進み出て、夫の無実を晴らす。王の前で彼女はアンクレットをたたき割り、飛び散る宝石を見せることによって、王の裁きの誤りを証明したのだ。しかしそれだけでは彼女の怒りはおさまらず、火の神を召喚しマドゥライの都を焼き尽くす。その後昇天したカンナギは、ヒンドゥー教や上座部仏教に取り込まれて貞淑の女神となった。

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◼️カンナギが脚光を浴びるようになったのは20世紀前半。ドラヴィダ運動と呼ばれるタミル人の民族主義運動の象徴のひとつとして、ヒンドゥー教化以前にタミルの地にあったこの女神が、政治的に祭り上げられたのだ。しかしヒンドゥー教の信仰に篤い当時の庶民にはそれほど浸透せず、カンナギは「誰もが知っているが、あまり信仰の対象にはならない」特殊な神格であり続けた。この「顧みられない女神」という設定が、本作のストーリー中でキーとなる。

◼️劇中では対比的にアイヤッパン神の帰依者も現れる。ケーララ州シャバリマラのアイヤッパン寺院は、全国的な名刹で、ラジニカーントやアミターブ・バッチャンも過去に参拝している。黒衣の巡礼集団は「アイヤッパン神よ 救いたまえ」と詠じながら練り歩く。シャバリマラ・アイヤッパン寺院は、ヒンドゥー以外のあらゆる他宗教の信徒にも門戸を開く一方、女性(初潮から閉経までの、子供を産める状態にある女性)の参拝者の入構を禁じるという習わしで議論の的となってきた。劇中にこのアイヤッパン巡礼の黒衣の男たちがチラリと登場するのは、何らかの意味が込められているものと思われる。そしてこの「シャバリマラ寺院への女性の参拝の可否」は近年大きな関心を呼んできたトピックでもある。IMW2021パート1上映の『グレート・インディアン・キッチン』でも、この問題がクローズアップして取り上げられている。

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[作品情報]

監督:カールティク・スッバラージ(ジガルタンダ、ペーッタ)
出演:S・J・スーリヤー(マジック)、ヴィジャイ・セードゥパティ(キケンな誘拐)、ボビー・シンハー(ジガルタンダ)、アンジャリ、カマリニ・ムカルジー、カルナーカラン(キケンな誘拐)、ラーダー・ラヴィ(サルカール 1票の革命)
音楽:サントーシュ・ナーラーヤナン(ジガルタンダ、僕の名はパリエルム・ペルマール)
2016年/ タミル語/ 158分
映倫区分:G
©Thirukumaran Entertainment


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