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Life Shift を途中まで読んで

夏休みの宿題となっていた Life Shift を読んだ。あまり時間がとれず半分程度(第4章の終わりまで)しか読めなかったが、続きは後日読むとして、途中まで読んだ感想を綴っておこうと思う。

あまり実感を持てなかった、というのが最初の感想だ。というのも、私はまだ高1であり、働いたこそすらなく社会経験が圧倒的に不足しているからだろう。
とはいえ、それで私とは無関係な本だったかと言えば違う。むしろ、今後の人生に深く関連してくる内容だった。

老後とステージ

まず、老後資金なんて今まで考えたことすらなかった。この本によると、私たちの世代、ティーンエイジャーは平均寿命が100歳を超えるのだという。特に日本は世界的に見ても突出して平均寿命が高く、多少の誤差はあれ私が100年近く生きる可能性は極めて高いだろう。
そうなると65歳で定年とした場合、35年は引退生活を送ることになる。
ただし、その頃には年金制度は破綻している事がほぼ確実で、自身の老後資金を働き始めてから引退生活に入るまでの勤労期間中に貯蓄しておく必要があるのだが、ティーンエイジャーの場合は引退時期をずらすか老後資金を減らすかしない限り、勤労期間中ずっと貯蓄したとしてもとても賄い切れないのだという。

この本では今までの人生を3つのステージ、教育・勤労・引退 に分類していたが、老後資金が賄いきれず、そもそも引退生活が長すぎるため、必然的に私も勤労のステージが長くなるだろう。 
そして、3ステージ型の生き方ではなく、新しいスキルを習得し、勤務先を変え、職を変え、マルチステージ型の人生で生きていくことが私たちの世代は半ば必須になっていくという。
私は今教育のステージにいるが、そもそもどのように働くかさえ未だ決まっていないのに、老後資金なりマルチステージなり、正直行って気が重すぎる。

将来像

そもそも、私は老後やマルチステージ以前に、勤務ステージ中どのように過ごすかさえ全くを持って決まっていない。ずっと雲の中だ。
そこで、とりあえずぼんやりと思い浮かべている自身の将来像を言語化してみる。

私はこうしてテックフォードアカデミーという IT 系の学校にいるので、IT 系の職につくことは既定路線であり、私自身もそれを望んでいる。
ただし、「プログラミング自体が好きか」と言われると、実はそうでもない。自分で言うのもどうかとは思うが、私にはどうもアイデアマン的気質があるらしい。
アイデアはポンポン浮かんでくる方だし、どちらかといえばアイデアは沢山あるのにそれらを具現化する時間がないことで悩んでいる。そして、プログラミングはアイデアを具現化するための「手段・ツール」として見ている。

プログラミングができれば頭に浮かんだアイデアを具現化し、実際に動くものとして大勢の人に使って貰うことができる。その喜びがとてつもなく好きで、それをより実現しやすくする、困難なアイデアでも具現化するためにプログラミングを学んでいるつもりだ。
AtCoder など競技プログラミング系にあまり興味がないのはそのあたりが関係している。プログラミング自体で楽しむよりかは、プログラミングという「ツール」を使って浮かんだアイデアを具現化することに時間をリソースを注ぎたいし、それが私にとっての喜びだからだ。

職に就く

ただしここまではあくまで趣味の範囲の話であって、プログラミングという「ツール」を扱えるスキルを職業にするとなると、話は変わってくる。
プログラミング自体が好きという訳ではないし、おそらくやりがいを感じないと思うので、SIer 系は眼中にない(長時間労働で体壊しそう)。

サイバーエージェント、ドワンゴ、ピクシブなどなど、もし就職するとしたらこれらの所謂 Web 系になるだろうけど、そこに入って果たして私が満足できるか、働き続けられるかは正直全くわからない。
Web 系の IT 企業は日本の企業の中でもかなり勤務体制がゆるく、副業・兼業 OK だったり、在宅勤務がむしろ推奨されていたり、残業がなかったりと、勤務環境としてはかなりいい部類に入ると見て取れる。
でも、企業の中で働く以上、どうしても柔軟性は難しくなるし、アイデアの具現化も制限が出てくる。

もちろん、働いている人全員が全員その仕事が好きでやっているわけではないだろうし、むしろ嫌いな仕事をこなしている人の方が多いのかもしれないとまで思う。
世の嫌いな仕事をこなしている人のモチベーションは給料だ。給料が出なかったら絶対にやりたくはないだろう。
不登校になってから今に至るまでの2年半もの間、ずっと自分の好きなことしかしてこなかった。そんな状況の中で、給料をモチベーションに好きではないかもしれない仕事をこなせるかと言うと、微妙な気がする。こればっかりはやってみないと分からないだろうな、とは思う。

葬儀屋のサイト作成のアルバイトをやっているが、今までのコーディング作業とは異なるモチベーションだった。やりがいはそれなりにあるとは言え、作業自体はそこまで楽しくはない。それでも、責任感と給料のために任せられた仕事はやり遂げる。今まで自分のアイデアを具現化する、自分の喜びのためにコーディング作業をしていたのとは何かが違った。
葬儀屋のサイト作成は単発だからモチベーションも維持できているが、これを何年も続けるとなると、いくら金が稼げるからと言えど、どこかでモチベーションを失いそうな気がする。私の性格上、モチベーションを失ってしまうとモチベーションが上がるまで一切何も進ませられないのもあるが。

金を取るか、充実感を取るか

私の理想の職場は、「アイデアを具現化する」という個人的な喜びをそのまま仕事にできることだろう。アイデアを具現化するという工程はかなり時間がかかるし、どうしても一人ではできない規模になることもある。
おそらく、本当にやりたい事をしている時がパフォーマンスも集中力も一番上がるし、本当に好きな事で仕事ができる、金を稼げるのなら最高だろう。充実感も得られるし、より大きなアイデアも実現しやすくなる。
しかし、それらは比較的大きな企業では難しいだろうし、ベンチャーのような小さい企業に入るか、自分で起業するかの選択肢を迫られる。

そして、それらの起業は成功しない限り、収入が致命的に入らない。
ベンチャーにしても今取り組んでいる事業で収益を出さない限り、給料は入らない。充実感や満足感は得られるし理想の職場だろうけど、切実な問題として、金がなければ何もできない。もし何も成功しなかったら、やがてその会社は潰れる。

折衷案として、中規模でそれなりに柔軟性のある会社に入り、自分のアイデアを提案してその会社の新サービスとして立ち上げる、ということは可能かもしれない。が、いずれにせよ社会経験がまったくないので、あくまで妄想段階でしかない。
そもそも、アイデアが湧いたところで、それで収益を出せるかというと微妙なものもある。自身のアイデア力に依存する就職モデルは後に破綻するかもしれない。

選択肢

ただし、この本でも述べられているように、人生の就職先は1つではないし、私が就職する頃には終身雇用自体がほぼなくなっているだろうから、「最初は実力をつけるために数年間大手 IT 企業で働いて、金を貯めてからベンチャーで自分のアイデアを実現する」という生き方も可能だし、「IT 企業で働きて安定した収入を得つつ、兼業として自身のやりたい事を実現して両立をはかる」こともできる。

この本いわく、目覚ましい技術の進歩によって、今持っているスキルが使えなくなったり、そもそもその仕事自体がなくなるため、新しいスキルを身に着けて、長い勤務ステージの間、何度も職を変え勤務先を変えていくことが必要になるし、余儀なくされることもあるのだという。

私たちの世代は型にはまった人生は歩めないし、自分の性格的にも様々な事を経験していきたいので、どうせマルチステージなのなら、いっそ働いて、しばらく休んで旅をして、また働いて、新しいスキルを磨いて…みたいなころころ変わる生き方がいい。一番の問題は「それで稼げるか」だが。

今は学校に通いつつ自分のやりたい事を気分の向いた時にプログラミング以外も含めて色々やったりしていて、これから(時間があれば)新たに習得してみたいスキルもある。
技術革新は年々進んでいる(特に IT 関連)ので、10年後くらいまでは今学んでいるスキルが使えるかもしれないけど、それ以降になるとプログラマーという職業自体が存在しているかすら微妙だろう。なくならないとしても、プログラマーは大まかなロジックを作るだけで、実際のコーディングはオートメーション化されるなど、大幅に形態が変わる可能性もある。テックフォードの(一応)校長が最近 NoCode をウォッチしているらしいが、その NoCode しかり AI が React のコードを自動生成したとかいうニュースしかり、既にそういう兆候はある。

この本を読みながら、一生プログラミングを職にする必要もない、IT の誕生からたった四半世紀くらいしか経っていない事を鑑みると、今後生まれるであろう新しい職種(それが何かはわからない)や、前からやりたかった新しいスキルを磨いて新たに仕事にするのもありだな、と思ったりした。

まだ第4章までしか読んでいないので続きが気になるが、長い人生をどう有意義に使うかへの考え方や準備は必要としても、今から人生設計をガッチガチに決めてしまうのはかえって良くないような気がした。
この本でも述べられているが、何十年先の事は誰にも予想ができない。その上、技術の進歩は過去50年間よりも大幅に早いペースで進むだろう。コロナ禍もそうだが、社会が半強制的に変わらざるを得なくなることが何度も起きる。

そうなった時に、ガッチガチに人生設計を決めてしまうと、状況の変化で設計通りに生きる事が難しくなるといった問題が発生してくる。それに加えて私は気分屋なので、その時代その時代の気分で「やっぱりこれやめてこうしよう」となるのが容易に想像が就く。
それだったら、人生設計は大まかに決めるとして、実際の選択は実際にその時になってから考えた方がより柔軟に生きられるように思う。
実際どう感じるかはその時になってみないと分からないし。

将来

結局人生設計はおろか、将来の進路すらまだあまり決まっていない。
ただ、この本を読んで、頭のどこかにあった固定観念が抜け落ちて、もう少し柔軟に考えられるようになった気がする。

この本によれば、人生が長くなるにつれ、友人関係、信頼、評判といった無形の資産が必要になっていくし、それらを持っていることでより充実した人生を生きられるのだという。
その点、テックフォードで出会えた沢山の友人は自分にとって大きな資産であり、入学して得られた一番大きい成果だ。2年半後にはおそらく卒業することになると思うが、同じような興味関心を持った友人とのつながりは、今後の人生にとっても活きてくることだろう。

将来のことについて考えたことがない、というより考えないようにしていたという方が正しいが、この本は将来のことについて真剣に考えるきっかけになった。まだ続きは読めていないので、時間の合間を縫って読み終えておきたいと思う。

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