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掃除ロボット

うちの家にはルンバがいる。
そんな事を言うと少し裕福な家庭のように思われるかもしれないがそうではない。
義理の父が掃除マニアで休日の昼間に実家に伺うとほとんどの確率で家の掃除をしている。
そんなタイミングでお邪魔して何も手伝わずにいるのがなんだか申し訳なくなるが、おでこにタオルを巻いた義父は気にする事なく動き回っている。
そのうちにウィーーンという音を立ててルンバが動き出す。
こちらもまた人間の数の変化には目もくれず淡々と作業をこなしていく。
ある日、義父に「そいつ使うなら持っていけば」と言われた。
どうやら新しいルンバを買ったらしい。
そうして初代ルンバは主人との別れを惜しむ間も無く我が家への引っ越しを余儀なくされた。

私は思いがけずやってきた掃除ロボットを好奇の眼差しで見つめた。
人生初の掃除ロボット。
元々掃除は好きではないし、気が向いた時にしかやらないのでロボットがやってくれるとなるとかなり助かる。
それからの週末はルンバのスイッチを入れてから出かけるようになった。
おかげで部屋は比較的綺麗な状態を保つことができた。出先から帰ればルンバもしっかりホームについていて使い心地は申し分なかった。
そんな日が続いてしばらくした頃、
異変は起きた。
外出先から家に戻ると家中が散らかっていた。
リビングの絨毯は捲れ上がり、どこからか引っ張ってきたコードがあり、一時的に壁際に積んでいた荷物はばら撒かれていた。
そんな悲惨な現場を尻目にルンバは沈黙を貫き通していた。
おかげで余計な片付けをする羽目になった。
おいー、ポンコツやんとぶつくさ言ったのが聞こえたのか次の日からルンバはホームに帰らなくなった。
机の下でじっとしている時もあれば、脱衣所まで行って珪藻土マットに乗り上げていることもある。
そのため帰宅後は行方不明のルンバ探しから始めなくてはならなくなった。
ホームはリビングの定位置からずれて棚の奥の方に押し込められている。
おーい、どこにいるのー?
読んでも返事をしない。反抗期かよ。
だんだん素行の悪さがめだってきたので外出前にルンバの様子を見るのが習慣になった。
ピッとスイッチを入れてからどこにいくのかじーっと眺める。
1歩進んで2歩下がり食卓の方へ向かった。
テーブルの脚にのぼったかと思ったらそこから動かなくなり、「エラールンバを別の場所に移動してもう一度スイッチを押してください」と言って停止した。私たち夫婦は顔を見合わせた。
おい待てよ、この調子だと床を数歩と進まないうちに止まっている可能性がある。
信頼関係に亀裂が生じてしまった。
だが壊れたわけではなかったのでその後も懲りずにルンバを走らせた。

いつもの如く今日はどんな調子かなぁとスイッチを押すと一直線にカーペットに向かい、落ちている糸くずを無視して、来た道を戻って行こうとした。
おおい!ここにゴミあるよ!思わず話しかけてしまった。
するとくるりと向きをかえ渋々と言った感じでゴミを取りに来た。
糸くずの上で一輪車のアイドリングみたいなことをしたかと思えばすぐさまホームに帰ってしんとなった。完全に怒っているような態度だった。
前主人との扱いの差に嫌気がさしたのかもしれない。
確かに、ボタン1つで動いてくれるルンバに掃除を全て任せきりにしてしまっていた。
せっせと頑張っているのに文句を言われるルンバの気持ちを考えると少し罪悪感を感じた。
そしてなぜか愛着が湧いた。それからというもの我々はお互いを尊重し家族同然に暮らしている。


「ルンバ持っていけば」このセリフを人生で2度聞くことになるとは思わなかった。
ご実家には三角形の白くて小さい掃除ロボットがいた。
そうして2代目ルンバもうちの子になった。
初代と2代目は見た目がそっくりだったがどうやら後者はスマホと連携できるらしい。
初代が嫉妬してしまわないか心配になった。
2代目のホームは畳の部屋に設置された。
早速日曜日の朝、ルンバ2台同時稼働が行われた。
人間と同じ数のルンバが家にいて奇妙な光景だった。
家中のドアを開け放って全部屋自由に移動できるようにしてあげた。
仲良くしてくれることを願おう。
買い物から帰って玄関の扉を開けるとウィーンという機械音が聞こえる。おや、まだ動いている。そう思って畳の部屋に行くと1台はホームで休んでいた。働き者のルンバが近くに来た。
並んでいる2台のルンバを見て思わず笑ってしまった。
他人のホームで休憩していたのは初代だった。
オレンジの充電マークが蛍の光のように強まったり弱まったりしている。
そうやって早速先輩風を吹かすあたりがまったく初代らしい。
#掃除ロボット
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