"洗脳"研修に対するサラリーマン的反応と経営者的反応

新庄耕という小説家が好きで出版された著作は全て読んでいます。

「狭小邸宅」という作品では第36回すばる文学賞を受賞しており、ブラック企業で働く若者の描写を得意としています。

つい最近では「オッケ、グッショブ」という短編小説を読みました。

ここでは主人公が入社した会社の「新入社員研修」をテーマに、声が枯れるほどの挨拶の本気度を競う研修や、自分の弱みを徹底的に深掘りさせ、皆の前で発表させる研修、グループごとに毎晩強制的に行われる反省会など文字面から見ても厳しく、"洗脳"とも取れる3泊4日の研修生活が描かれています。

この研修は確かにどこからどう見ても過酷で、もしも参加しているのが自分だったらと考えるとゾッとする物ではあるのですが、内容にどこか既視感がありました。

何だろう?としばらく考えていて、以前読んだ高橋歩の「毎日が冒険」であることを思い出しました。

高橋歩は自由人を自称する実業家で、これまでに様々な事業を成功させています。「毎日が冒険」は小説ではなく高橋歩さんの自伝なのですが、この本の中にも「オッケ、グッショブ」と同様の"洗脳"を彷彿とさせる研修に参加するシーンが出てきます。

例えば、「オッケ、グッショブ」で出てくる本気の挨拶ですが、「毎日の冒険」でも"詩を自分の出せる一番大きな声で発表するゲーム"と言うのが出てきます。

これらの描写はとても似通っており、2つの作品の描写を比較してみたいと思います。

オサムは、上体を後ろに反らしながら限界まで息を吸い込んだ。思い切り声をだした。途端、喉元にさけるような痛みが生じる。かまわず声を絞り出した。自身の声が野太い獣じみたものに及んで、ようやく合格の判定が下された。

既に、日曜の午後2:00を過ぎていた。ということは金曜の朝から、もう、50時間以上寝ていない。さらに、「人間の心」が始まった土曜日の夜から、もう、12時間以上も叫びっぱなし。ノドが痛いなんてもんじゃなくて、もう、普通の発生方法では、かすれ声さえ出ない。

これの恐ろしいところは、1つ目はブラックな研修を描いたフィクションであるのに対して2つ目は高橋さんが実際に体験したノンフィクションであると言う点です。これだけでも分かるかと思いますが、どう見ても高橋歩さんの体験の方が過酷で辛いです。(しかも、高橋さんはこの研修に10万円の料金を払って自ら参加しています)

体験自体はとても似ているにも関わらず事後の2人反応は恐ろしいほど異なります。

例えば、「オッケ、グッショブ」の主人公の反応は下記です。

人事の島本さんが、誰かに報告をあげている。どこか自分とは無関係のようにオサムには聞こえた。(中略)「えっと.....今年は結局、脱落したのは一人だけでした.....ええ、他はおそらく問題ないと思います。来週からしっかりやってくれますよ」

ここからは我武者羅にやることに思考停止し、まんまとブラック企業に搾取される"洗脳"された社畜の完成を思わせる表現となっています。

それに対して、「毎日が冒険」の高橋歩さんの反応は下記です。

営業マンの言っていた通り、この成功哲学合宿に参加したことで、"究めたいことが見つかったら、俺は絶対に成功できるんだっていう自信"はいっそう大きくなった。それは確かだった。自分はこんなに頑張ることの出来る人間なんだって、自分を見直すことが出来た。本気でやりゃ、なんだって出来る!

この後、高橋さんはたまたま観た映画のバーテンダーに憧れて、自分のあらゆる私財を投げ売り、複数の友達に消費者金融に行って貰ってまでして作った資金でバーを経営し、さらにカッコ良いからと言う理由で、ご自身の自伝を出版する会社を立ち上げ活躍を続けています。

しかし実際には、この研修を受けたとして多くの人の反応は「オサム」側になるのではないでしょうか?それはサラリーマンとして安全な道を選び、先のことを考えながらフォロワーになる事がマジョリティな生き方であるからだと思います。

それに対して、高橋歩さんは"洗脳"研修ですら自分の糧に変えて実際に成功してしまいました。これは、高橋さんが敢えてリスクを計算せず、行動に重きを置く"いい意味でのバカ"だからなのだと思います。ホリエモンこと堀江貴文さんはインタビューで、これらの思考は成功する経営者にとても多いと語っています。

堀江:僕は、ビジネスで成功するのはバカなやつだと思ってます。バカはリスクがわからずに挑戦するからです。逆に「小利口」なやつはリスクのことばかり考えて実行しません。だから、中途半端に「小利口」になってはいけないんです。

(【堀江貴文】ビジネスでは「小利口」になるな、「バカ」になれ)

一概にどちらが良いと言う訳ではないと思いますが、あるイベントに対するサラリーマン的反応と成功する経営者的反応の違いとしてこの2つの作品を読み比べて見るととても面白いのではないかと思います。


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