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inagena vol.1 「音」

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「音」をテーマにした、ジャンル横断アンソロジー『inagena vol.1』(2024/5/19開催〈文学フリマ東京38〉にて発売)、全収録作品の冒頭が試読できます。
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#勉強

不知火黄泉彦「武器ではなく、楽器を」

 ライフルの音が響いた。  タカタカタン。タカタカ、タカタカ、タカタカタン。  五連符と十三連符だからファイヴストロークとサーティーンストローク、いや、遅めのアレグロだからシングルストロークのほうがクリアに鳴らせる、と反射的に考えてしまった自分が自分で嫌になる。  見ると、迷彩服姿の人々が重なって倒れている。二〇人まではいないだろうか。微塵も動かない。ゴムのようだ。アスファルトに散った血痕のシルエットのほうが、よほど生命感がある。 「またかよ」つまらなさそうに弟が言うと、 「

恣意セシル「産声のカノン」

 遠くから、ゆっくりと何かの音――いや、声が近付いてくる。  おぎゃあ、おぎゃあ、……ああ、これは産声だ。私がこの世に転び出て、初めて出した声だ。不思議なことに、見えないはずの目でも、周りの人々の笑顔が見える。  私は祝福されて生まれて来たのだ。少なくとも、あの瞬間だけは。  びゅおおおおおおおおと、両耳を大気の切り裂かれる音に支配される。高度何万メートルから私は落下しているのだろう? わからない。わからない。まま、私は生身でただただ落下し続けている。  わからないことより

古川慎二「心神を痛ましむること莫れこの故に」

 晴れた日の昼休み。 「慎吾くん。私のために歌って」  亜香里は面白いやつだ。誰に対してもこんな調子のお調子者で、素敵な人だ。  どうしてと尋ねたら、 「だって歌、得意って言ってたじゃん。確かめさせて」 「いいよ」  俺は最近流行っている歌を歌ってみた。 「笑える」  笑われた。 「どうせなら、『空の彼方』歌ってよ」 「タイトルしか知らない」 「やば。おもろ」  彼女は携帯で曲をかけた。  どこにでもいそうな男の、どこかで聞いたような歌声のありふれたヒットソングが流れる。