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inagena vol.0

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ジャンル横断アンソロジー『inagena vol.0 準備号』(文学系イベントで無料配布中)掲載作品(一部)を掲載しています。
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記事一覧

あらみきょうや「世界猫の日」 ※全文公開

「今日は世界猫の日なんだって。知ってた?」 「セカイネコ?」 「そう。この世の涯には世界中の猫を統べる世界猫がいて、とこしえの眠りを貪っているんだ。何でも山のように巨大な猫で、その寝返りは大地を揺るがし、欠伸ひとつで嵐を巻き起すのだとか」 「災害の元兇じゃないか。一刻も早く滅ぼさないと」 「ところが世界猫にはどの国も手を出せないんだ。条約で保護されているんだって」 「ふうん、何て条約?」  しばらく待ってみても返答はない。ぼくは諦めて質問の趣旨を変えた。「それで、今日はその世

恣意セシル「夜の少年」 ※全文公開

 雨が上がった後の夏の夜の空気はとても重い。てのひらを泳がせると、纏わりついてくる。ぴたりと張り付いて皮膚の上でもぞもぞと蠢くのを、手でぺりっと引き剝がす。カットバンを取った時みたいな感触。夜は生き物だ。  あまりたくさんの夜をそうやって張り付けるとやがて全身を呑まれて帰れなくなるから、こんな風に闇の濃い夏の夜に出歩いてはいけないと、よく、ばあちゃんが言っていた。 「おい、もうそろそろ行くぞ」 「まって。まだもうちょっと」  だけど僕たちはそんなの構わなかった。  夜を体に纏

不知火黄泉彦「あとがき」「夢魔」

あとがき  名刺代わりの作品を、ということで拙作の中で最もいなげな――良識を疑われる――作品である「夢魔」に即決したまではよかったのですが、読者はさておき、他のメンバーが眉を顰めるのでは、と危惧していたところ、あっさり「津原先生の『天使解体』が出版されているわけですし」と杞憂に終わって失笑したことが記憶に新しく、そんないなげで寛大な朋輩に恵まれたことに感謝しています。  というわけでいなげな私にとっては「普通」こそ最もいなげなので、第一号には極めていなげな普通の作品を載せる

小川三十一「ノットゥルノ -Notturno-(一部)」

 人間はやりたいこととやっていることが 完全に一致していることはめったに無い。食べるとか寝るとかの生理現象は別にして、いや別にしなくてもたとえば食事にしても今食べているものが今食べたいものと完全に一致していることは少ないはず。いや自分はいつも好きなものを食べているよと言う人もいるかもしれないけれど、そういう方は無意識のうちに今食べられるものを食べたいと思うように思考が慣らされているのだと私は思っている。誰でもそれがかなうなら毎晩でも星付きのレストランで出てくるようなものを食べ