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大人になれば 54『かえるくん起きる・短編劇場・平松洋子』

春ですね。
遠くの山がくっきり見えたり靄でかすんで見えたり。

かえる おはよう。

ぼく  わ。

かえる あたたかいねえ。

ぼく  起きたんだ。

かえる よく寝たなあ。なんか今年はすごく寝やすかったよ。

ぼく  ああ。暖かかったんだよ、今年。暖冬。

かえる そうなんだ。

ぼく  もうぜんぜん。

かえる ふーん。

ぼく  実家の雪下ろし、一回もしなかったよ。

かえる よかったじゃん。

ぼく  でも、さすがにちょっと不安になった。たまに雪が降るとちょっと嬉しかったくらい。

かえる 勝手だなあ。

ぼく  うん。

かえる 来年いっぱい降ったら文句言うんでしょ。

ぼく  うん。

かえる なんか面白いことあった?

ぼく  寝てる間に?

かえる うん。

ぼく  四十二歳になりました。

かえる おめでとう。それ去年も聞いたよ。

ぼく  うーん。あ、ネオンホールの短編劇場が面白かったよ。今月やったやつ。

かえる あ、観たかったな。二度寝しなきゃよかった。

ぼく  丘ペンギン競技会とアートひかりのが好きだったな。丘ペンギンは二郎さんが朗読するところなんてぞくぞくしてね。

かえる 相変わらず二郎さん好きだね。

ぼく  いいんだよねえ。今回の丘ペンギンは舞台上でギター・ベース・ドラムが演奏しててさ。

かえる へえー。舞台の上で?

ぼく  うん。ストーリーと登場人物はフロントに出ていて、その後ろで三人が演奏しているんだけど。それがさ、何ていうんだろう。伴奏っていう感じが全然しなくて。

かえる ふーん。劇と別れてないってこと?

ぼく  そうそう。全部でひとつみたいな。観終わった後の印象でいうと、バンドのライブを観た後の感じに近いんだよ。

かえる 面白そうだなあ。

ぼく  演劇もこんなふうに「作ること」を積極的に楽しめるんだなーって思ったよ。アートひかりはね、一人劇だったんだけど、言葉ってすごいなあって思った。

かえる うん?

ぼく  宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』を基にして一人劇にしててさ。

かえる 読んだことあったっけ?

ぼく  ない。観てるときも宮沢賢治って知らないで観てたんだけど。わ。すごいなこの言葉たちって感じで。意味とかつながりとか理解できなくても、何か迫ってくるんだよね。

かえる やっぱり宇宙的な感じなのかな。

ぼく  うん。感じるものだね。散りばめられる言葉と提示されるベクトルが星座に上がっていく感じでさ。最後はちゃんと宇宙の片隅にぽつりいるって思った。演劇ってさ、演劇だから見ることができる景色とか場所とか心の感じがあるんだなーって。

かえる いいなあ。誘ってくれたらよかったのに。

ぼく  冬眠中に声をかけるのは気が引けるからなあ。

かえる まあねえ。寝起き悪いしねえ。夏は観にいきたいな。あ、ネオンホールって冷やし飴あるかな。

ぼく  うん?

かえる 冷やし飴。好きなんだよね。

ぼく  見たことないなあ。今度哲郎さんに聞いてみるよ。あ、そういえば久しぶりに面白い本読んだよ。読んでる間、ページをめくるのが惜しいって思うくらい。

かえる めくるのが惜しいって本が終わっちゃうから?

ぼく  そうそう。『洋子さんの本棚』っていう本。(本を渡す)

かえる へええ。あ、対談本なんだ。

ぼく  うん。小川洋子と平松洋子。

かえる 小川洋子、好きだんもんね。

ぼく  それがさ、平松洋子さんスタートなんだよね。

かえる うん?

ぼく  本屋さんでたまたま『Coyote』って雑誌の平松洋子特集を見つけてさ。その特集でも小川洋子と平松洋子の本をテーマにした対談をしていて。それがすごくよくて。その対談のきっかけになってるのがこの『洋子さんの本棚』っていう本なんだよ。

かえる あ、平松洋子さんって食べ物の文章がめちゃくちゃうまい人か!

ぼく  そうそう!

かえる あの人いいよねえ。

ぼく  いいんだよー。二十代の頃初めて読んでびっくりしたもんね。

かえる 平松さんが小川洋子と本の対談してるってことか。

ぼく  いいでしょう。

かえる うん。面白そう。平松さんって本の話するとどんな感じなの。

ぼく  うーん。本物でした。

かえる 本物でしたか。

ぼく  うん。たぶんさ、平松さんってすごくリアリストなんだよね。どんなに夢想しても、闇を覗いても、生活の地平からはぜったい足を離さないっていうか。

かえる ああ、それはエッセイからも感じたなあ。自分の感触や手触りから出てくる文章だったよ。

ぼく  ちょっと白洲正子みたいなね。

かえる そうそう。前に読んだ『夜中にジャムを煮る』の漆塗りの章なんてちょっと泣きそうになったよ。すごくきれいで、悲しくて。

ぼく  あれはぼくも好きだったなあ。

かえる 宮崎駿が「理想を失わない現実主義者にならなくちゃいけない」ってよく言うじゃない。あんな感じだよね。

ぼく  そうそう。それがさ、この『洋子さんの本棚』って対談でもずっとそんな感じがするんだよね。あと母との確執というか、母の影響化からの脱出が女性にとって大きなテーマなんだなあっていうのも新鮮だったよ。

かえる ふーん。(本の帯を見る)トムは真夜中の庭で、シャーロック・ホームズの冒険、ノンちゃん雲に乗る、はつ恋、パーマネント野ばら、アンネの日記、インド夜想曲、美味放浪記、暗い旅、珍品堂主人、ナショナル・ストーリー・プロジェクト…

ぼく  たぶんね、「ある本との出会いが人生のある状況を救うこともある」ということを腹の底から知っている二人なんだよ。

かえる なるほど。

ぼく  でもそれは正しさや正義とは限らないっていうことも知っていて。

かえる ああ…。

ぼく  二人ともその視点がぶれなさがすごかったよ。

かえる 本物だねえ。

ぼく  うん。印象的な本はいくつもあったんだけど、深沢七郎の『みちのくの人形たち』はすごく読んでみたいと思った。

かえる ふーん。知らないなあ。

ぼく  ぼくも。異界と日常との境目が分からなくなるような本みたいなんだけどね。小川さんたちはこんな風に話しててさ。

小川:出てくる人たちも、人形も、姿が見えない赤ん坊も、みんな、異形をまとっている。それが日常生活の中に入りこんできて、地続きになっている(略)
平松:それこそがまさに物語を読む醍醐味なんだと思います。(略)いざなわれていくうちに、むしろ自分の中にもそういう感覚があるんだなと発見する

かえる この二人はさ、世界がどう成り立っているのか、その秘密を知りたいと思っている人たちだよね。

ぼく  うん。淵の闇を覗きたいって。でも、その覗きこもうとする身体の遠い端は台所につながっていて。

かえる 人間ってきっと何千年もそうやってきたんだろうなあ。

ぼく  ああ、ほんとうだ。きっとね。

きっと何千年もそうやってきたのだ。
ただ生きていく。それだけがなんて厄介で、秘密にあふれていて、面倒で、危うくて、魅力的で、じっとしていられないんだろう。


執筆:2016年4月17日(元記事)

『大人になれば』について

このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。


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