北村薫『空飛ぶ馬』と中三長女
バレーボールに青春を捧げている中三の長女が、「お父さん、推理物の小説で何か面白いのない?」と聞いてきた。
きけば、学校の朝の読書時間で読みたいのだという。自分は推理物が好きで、今までは図書館の本を読んでいたけれど、新年度が始まったばかりで図書館がまだ使えないとのこと。
本好きの人は分かると思いますが、「いつの日か…」と夢想してきた瞬間。
長年ベンチを温めていた万年控えピッチャーがマウンドに立つのはこんな気分なんだろうか。
「藍は推理物が好きなのかー」と極力平静を装って本棚の前に立ち、頭の中をフル回転させてベストなセレクトを考察する。
どんな球を投げるのか。初級は様子見か。渾身のストレートか。
そもそも、本棚に残っていてくれないとアウトなのだ。カウントはツースリー。
あった。よかった。
北村薫『空飛ぶ馬』を渡す。
デビュー作にして傑作。
本格ミステリに日常系という新たなジャンルを築きあげ、ミステリと小説の幸福な融合を達成したこの作品は「本を読む」という行為の面白さ、愛しさを連綿と体験させてくれる。
二十年前に読んでから、いったい何度読み返しただろう。
「もうボロボロになっちゃったけど、すごく面白いよ」となるべく素っ気なく渡す。
「ふーん」とぱらぱらページをめくって、「ありがとうー」と退場する娘。
ああ、どきどきした。
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