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掌編いろは

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いろはのお題で並んだ、ちょっとふしぎな掌編集
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2014年9月の記事一覧

掌編いろは/の「能力」

それは大事な力。
かけがえのない、自分だけが知っている力。
だけどその力がなくなっても周りはこまらない。自身がこまるだけ。

あれは大切な力。
あなただけが知らない、あなたにしかない力。
だからその力がなくなったら周りは落胆し泣くこともある。
なにも知らないあなたの存在だけが周りをなぐさめる。

掌編いろは/ゐ「いる」

目では見えない。耳では聞こえない。さわることもできない。
だけどそこにいるのはわかる。
おだやかな表情で。あの服を着て。あなたはそこにいる。
おかえりなさい。
今年の迎え火、ちゃんと見えてた?

掌編いろは/う「裏口」

裏口からお入りください。
角砂糖には確かにそう書いてあった、とアリは語った。
ただ、正面玄関もない角砂糖に裏口があるか確信はないとも語っていた。

掌編いろは/む「ムーン」

 あんなに満ち欠けするヤツだとは思わなかった。
 憮然顔の珠珊瑚に、紅ホタルイカはくすくす笑った。
 しかたないよ。月ってそういうものだから。だから、また会えるよ。
 珠珊瑚は返事のように、ぷくりと珠をひとつだけ海に放った。それは満月のようにまるかった。

掌編いろは/ら「羅針盤」

空の羅針盤をなくして困っているひつじ雲がいた。
あれがなければ風に乗ることもできないという。
ひつじ雲はいわし雲に聞いてみた。
あいにくいわし雲は、いわし雲専用の羅針盤しか持っていなかった。
ひつじ雲は困りはててめえめえ鳴いた。
声を聞いた南十字星が、ひつじ雲たちの今夜のねぐらを示してくれた。
ひつじ雲はめえめえお礼を言って、仲間の元へ帰ることができたという。
ひつじ雲の羅針盤は、まだ見つかってい

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掌編いろは/な「泣いているのは」

しゃぼん玉が消える前に見せる光。
虹がかかった瞬間に起こす、わずかなふるえ。
巣に辿りつけないアリ。
やさしい告白を聞いた、細い肩。

掌編いろは/ね「ネコねこ」

 これは猫ですか。

 いいえ違います。これはねこねこです。

 しかし、感情にすなおな耳やガラスのような目やしなやかな身体つきや爪とぎが好きなら、猫だと思いますが。

 いいえ違います。これはねこねこです。

 議論は当分終わりそうになかった。

掌編いろは/つ「つむぐ」

左から「つ」を引きよせて後ろにくぐらせ、斜め下に固定する。
上から「も」を引きよせて「ら」にからめてから下に垂らす。
右から「が」を引きあげて手前に持ってくる。
その上に「う」を、ボタン穴に通してから留める。
どれも均一の力加減で行うこと。

掌編いろは/そ「層」

それは音もなく、一日一段ずつ積み重なっていく。
おおきな層のすきまを埋めるようにちいさな層があるのも、いい。
場所によっては斜めの層がすばらしいバランスで保たれているのも、いい。
これは芸術といってもいいだろう。

だがしかし、そのうつくしさは足踏みひとつで崩れ落ちるのだ。
今、ひとつの衝撃が、この層を次々に崩してゆく。崩れてゆく。

「読みもしない本を積み上げているだけじゃない。ああもう、邪魔!

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掌編いろは/れ「列」

 ピチピチパパチと夜空がやけににぎやかだと思ったら、星たちが整列していた。
 手前の白い星に尋ねると、これから遠足に行くのだという。
 弾ける音は、星が期待に胸を躍らせて点滅している音だった。
 中にははしゃぎすぎて列から飛びだし、流れ星となって寄り道する星もいた。
 そのたびに巨大惑星が星の襟足をひっぱって列に戻していた。
 先導の月がピリリと笛を鳴らし、星たちは出発した。