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掌編いろは

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いろはのお題で並んだ、ちょっとふしぎな掌編集
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2014年8月の記事一覧

掌編いろは/た「たたむ」

正しいたたみ方。
右足を前に倒し、触覚二本をねじってこより状にする。
腹の中央にそって頭を入れ、角から尾の先まで一直線にする。
左足を後ろに倒し、触覚五本を巻いてコイル状にする。
前からくるくる丸めていく。
尾の先端にある留め金で留める。

掌編いろは/よ「夜風」

 夜の風はほほえんだ。
 月も星もそこにいるというのなら、きっとさびしくない。
 夜の風はさっと木の葉をゆらして舞い上がり、ステラミラとどこかへ遊びにいった。

(【ステラ・ミラ】ラテン語で「不思議な星」。本「宙の名前」より抜粋いたしました)

掌編いろは/か「冠」

「約束だ。これをあげよう」
 ぐしゃぐしゃの白髪に乗っている冠を、王はそっとはずした。
 するとどうだ。
 老王は、みるみるうちに青年になり少年になったではないか。
 なんということだ。これが王の真の姿だったとは。

掌編いろは/わ「輪」

 猫は前足で鏡に丸を描き、中央を軽くつついた。
 とたん鏡面にリングがひろがり、色も赤、白、黄、青ときれいなグラデーションを見せた。
 赤いブーツをはいた黒猫はそのふしぎな丸を見てうなずくと、帽子を脱いで仰々しくおじぎをした。
「さあどうぞお入りください」
 意味ありげに牙を見せて笑った猫を、ぼくはいつまでも忘れることができなかった。

掌編いろは/を「をかし」

 おかあさんかってよねえかって「をかし」かっていいでしょねえ
 だめです。いけません。
 みんなかってるよ「をかし」かってないの私だけなんだよ
 うちはダメです。「をかし」なんかかえません。そもそも「をかし」をかうってどういうことかわかってるの。
 わかってるだいじょうぶちゃんと私がおせわするから
 エサは小麦粉とバター、たまに卵。寝床はレンジでしょう。さらに毎日散歩しないと発酵が進んで大変なのよ

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掌編いろは/る「留守でする」

家にはぼく以外誰もいない。
棚の奥のアレを移動させるのは今しかない。
誰にも見つかってはいけない。
まず奥のアレを確認しなければいけない。
そのためには一番高いイスの上につま先立ちになるしかない。
棚の奥にはなにもいない。
ぼくは焦るしかない。
アレはぼくしか知らない。
つまりぼくの明日はないのかもしれない。

掌編いろは/ぬ「縫い物」

 こころがまるで弾けたように破れてしまったら、こころにつつまれていた想いが霧のようにアトカタもなくなってしまう前に縫わなければならない。
 針をつかってはいけない。するどい針の突き刺さる痛みに、こころは耐えられないからだ。
 やさしくやさしく、眠っているヒナを起こさないような手つきで端々をひきよせるとよい。
 穴を手のひらで覆い、あたためるようにするとよい。
 同時に子守唄をうたいながらしずかなリ

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掌編いろは/り「りもりや」

りもりや まるり ときみる りもや

この唄を三度繰り返す。
同時に早朝折ったジュマの木の枝をくわえて、振り回しながら二回転する。
最後に生け贄とする小石を高く蹴り上げる。
これによりクジラが召還されるという。
ただしその確率は二割にも満たないらしい。
(クジラだって相手を選ぶ権利はある)

掌編いろは/ち「ちがう気がする」

 たまにだけど、文字がおかしくなる。
 どうして「あ」を「あ」と書くのかふしぎに感じる。
 「お」のほうが「あ」っぽいと思うし、そもそも「あ」なんて文字があったのかさえ怪しく思えてくる。
 ほんとうに「あ」という文字はあるんだろうか。存在しない気がしてしかたない。

掌編いろは/と「扉」

 その扉は海底にぽつんと立っている。
 くぐっても世界はなにも変わらない。
 変わるのは扉をくぐった貴方である。
 エラとウロコがほしければくぐるといい。
 もちろんもとの姿に戻ることも可能だ。
 そのとき貴方にドアノブをひねる手があればの話だが。

掌編いろは/へ「縁(へり)」

 ああ、ほんとうだ。
 太陽の縁に彼女がすわっている。美しい。
 日蝕で創られる光と影のリングに魅せられて、とうとう天に昇ってしまったという伝説は本当だったんだ。

掌編いろは/ほ「方法」

 右や左、上や下、そうでなければ跳んでみたり。
 そうやって何度も試しているのに、手がどうしても自分の尻尾の先に届かないんだよ。

掌編いろは/に「ニンジン」

 たしか畑に生えている。野菜のひとつ。水に浮く。色は赤にちかいオレンジ。
 しかし目の前のニンジンは池で泳いでいる。泳ぐのをやめると沈む。
 ほら、あの赤にちかいオレンジが、水しぶきをあげて水面を跳ねた。
 さっき、しきりに竿をすすめられた理由がわかった。
 右手にあるスコップでは、今日のおかずは捕れない。

掌編いろは/は「春の恋」

 その年の春は、狂い咲きという言葉がふさわしい春だった。
 つぎつぎに花が咲き乱れ、木々の葉が生い茂り、草原は歌うようにつややかな流れを見せ、あたたかな風には花の甘いかおりと草の苦青いかおりが混ざり、より春を色鮮やかにさせた。

ーー春の姫が待つは雷鳴の君。いとしき彼はいつ姿を見せるのか。

 地上を知らない海の魚たちは、そう噂していたそうだ。